- -pv
スレッドの閲覧状況:
現在、- がスレを見ています。
これまでに合計 - 表示されました。
※PC・スマホの表示回数をカウントしてます。
※24時間表示がないスレのPVはリセットされます。

ヒトラー生存説はトンデモ論?

1名無しさん@おーぷん:2015/10/15(木)00:41:27 ID:DuO()
詳しい人教えてください。
2名無しさん@おーぷん :2015/10/15(木)07:09:17 ID:kR9
分からんな。
それを可能ならしむる組織の方が重要だ。
しかし、限りなく板違いに近いスレ立てだな。
3名無しさん@おーぷん :2015/10/15(木)09:32:49 ID:ltg
バチカンがナチスを匿って南米への脱出ルートを開いていたのは有名だね。
スイスやスウェーデンと言った中立国も、
ナチス要人を匿った事で有名。

ベルリンがソ連軍によって支配されている時でも、未だデンマークやノルウェー駐留のドイツ軍、
はたまたイタリアの北部やスイス国境地帯のドイツ軍は健在だったから、
逃げ込もうとすれば簡単に逃げ込む事が出来た。

ヒトラー生存説の多くは、
ヒトラーがノルウェーに飛び、
そこから潜水艦に乗って中南米か南極に脱出したという主張を立てている。
バチカンルートは使われなかったようだ。
4名無しさん@おーぷん :2015/10/15(木)10:02:34 ID:ltg
ヒトラーには影武者が居た事も確実視されている。
有名な影武者は、兄のアロイス・ヒトラーJrだ。
放蕩生活を繰り返した挙げ句、父親の税官吏、アロイス・ヒトラーに勘当された息子ではあるが、
アドルフ・ヒトラーとの繋がりは完全に絶たれていたわけではないようだ。
イギリスやフランスを放蕩して歩いて回ったので、
アロイスJrは当然の如く英語もフランス語も(流暢かどうかは別として)話せた。

アドルフは、小学校時代、フランス語が落第点を取るほど外国語が出来なかったので、
ミュンヘン会談などの外国人との応対に出てきたのは、ほとんどがこのアロイスの影武者のほうであった。

一応外国語は理解出来ない振りを示すのであるが、
駐ドイツ大使を勤めたフランソワ・ポンセによると、
『翻訳官がフランス語の質問をドイツ語に翻訳し終わるや否や、ヒトラーは即座にペラペラと質問に対する答えを理路整然とまくし立てた』
と回想している。
一応翻訳官を通してはいるが、アロイスにはパリ放浪の経験も有るので、フランス語が理解でき、それで即座に返答が出来たのであろう。

そしてこのアロイスJrは、放蕩生活が祟ったのか、パーキンソン病を患うようになる。
あの左手が震えているヒトラーの姿は、アロイスJrの晩年の姿と言って良い。
菜食主義者で、健康に極端に気を配っていたアドルフ・ヒトラーが、
あそこまで健康を持ち崩すというのはおかしいのだ。

そしてドイツが敗れた際に自殺したのは、影武者のアロイスJrだったと思われる。
その証拠が、ドイツの敗戦後5年後、つまり1950年に撮影された一枚の写真である。
http://www.findagrave.com/cgi-bin/fg.cgi?page=pv&GRid=10648820&PIpi=1641503
どうであろうか?
この意志に満ちた目と唇。
アロイスJrの晩年の写真という事にされているが、
むしろこちらの方が、真のアドルフ・ヒトラーなのではないだろうか?
http://amphetamines.com/adolf-hitler.html
ちなみに、こちらが5年前、つまりドイツの敗戦直前に撮影されたアドルフ・ヒトラーだ。
左手がパーキンソン病で震えるからなのか、左手は写っていない。
ここまで老いさらばえた人間が、上述のような意志と力を持った男に変貌出来るであろうか?
5名無しさん@おーぷん :2015/10/15(木)10:23:57 ID:ltg
ヒトラーの影武者には、兄のアロイス以外にも何人か存在したようだ。

例えば、ヒトラーと「盟友」(?)のムッソリーニとの身長は「ほぼ同じ」であった。
(証拠写真:http://collections.yadvashem.org/photosarchive/en-us/8230_69986.html
にも関わらず、明らかにムッソリーニより背が高いノッポのヒトラーの写真も存在する。
http://wnd.com/files/2015/03/HitlerMussolini.jpg
彼もまた影武者だったのであろう。

加えて、アルベルト・シュペーアを魅了したというインテリのアドルフ・ヒトラー。
シュペーアは元々、
『ヒトラーなんて、すぐに金切り声でがなり立てるだけのうるさい大馬鹿者でしかない』
と思っていた。
しかし実際、彼の学んでいた学校にヒトラーがお呼ばれされ、演説会が始まってみると、
終始ヒトラーはインテリチックな「講話」に留まり、
うるさくがなり立てるような真似はしなかったと言う。
この「静かな演説」でヒトラーに心酔したシュペーアは、ナチ党員になる訳であるが、
インテリ向けの演説をこなす影武者も存在したようだ。
6名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)00:38:10 ID:dW8
ナチス絡みに関しては仮にも歴史学者の肩書きを持つ奴ですら
ナチスはユダヤ人を石鹸にしたとかいうトンデモ説の信奉者がいるから
マジで何が真実かは誰にもわからんよ
7名無しさん@おーぷん :2015/10/29(木)00:18:36 ID:Xrt
ヒトラーならニコニコでぼやいてるんだが?
8名無しさん@おーぷん :2016/04/23(土)18:53:44 ID:Yg7
だいぶ前に日本でも出版されたKGBの報告書や当時の人々の
証言を読むと、ヒトラーは死んだとしか思えないのだが、
問題は、ヒトラーの遺体の検証が不十分でさっさと処分して
しまった点であり、これがヒトラーの死を確認できない要因
となってしまった。
大戦終結直後から各国の新聞はヒトラーがまだ生きているの
ではないかという記事を載せた。
すべての原因はソ連軍がヒトラーの遺体を保存して連合軍と
協力して検証しなかったことにある。
ヒトラー生存説は証明はできないがトンデモとして退ける
こともできない。
9:名無しさん@おーぷん : :2017/06/24(土)10:39:03 ID:diP
>>8
10名無したん@おーぷん :2017/06/24(土)10:42:45 ID:diP
>>8

KGBの報告書という一節で思い出したが、彼らのトップのスターリン自身がヒトラーの死をまるで信じていなかったね。

当時のドイツに関してはいろいろな隠されたエピソードが存在している。

近代兵器を縦横無尽に使いこなし、万策尽きると切腹で自害した”謎のチベット人”部隊とかねwww

新着レスの表示 | ここまで読んだ

名前: mail:





ヒトラー生存説はトンデモ論?
CRITEO