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市民層 概論

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172市井の居士◆dgvbGqecqY :2018/08/19(日)15:09:46 ID:???
30 of 34 (つづき)

更にオレの境遇はヴェーバーのそれとも似る。つまり明治体制以降は旧士族層と百姓層との身分の垣根が撤廃され、もって相互の婚姻は一般化したわけだが、オレの母親は、“(外観的には)極めて面倒見がよく温和/柔和な小百姓”的家系、
すなわち日本人の根幹的善性のもう一方の典型を体現したような家系の者である。
すなわちオレは、“極めてストイック/冷酷な感じ、かつ強烈な責任・義務意識”を持つ父親と“極めて柔和な外観、かつ裏表(本音/建前)を無思考・自動性をもって(すなわち極めて自然に、それが人格化した上で)使い分け、
かつ自閉的気質傾向をも持つ調子の良い世渡り者”の母親という強烈な二つの個性(もちろん少年期のオレには、こんなことはサッパリ分かりようがない)の狭間でのダブル・バインド自意識を持ったからだ。

こうしてオレはヴェーバー同様に青年期には対人関係を上手く処理できなくなり、かなり長期間、自分自身/人間/社会について苦悩し、(AE型人間であるがゆえに)人格改造指向的な論考/実践(すなわち破壊と創造)を為すまでになったのだが、
オレの場合はそうした経験を幸運にも、全て弁証法的に止揚(破壊と創造により合理主義的因果・方法論を構築)できた。もって現在は優秀者である(と、自己評価している)。

ではA型人間が後天的に優秀者/プロト優秀者のいづれの運命を辿るかの分かれ目とは、そもそも何か?
具体的には「適宜の破壊と創造能」、すなわち「正→反→合」という認知の弁証法的運動をつつがなく進捗させ、もって人を時系列的に成長させていく要因/力動とは何か?

前述のようにヴェーバー(「反」に留まるプロト優秀者)は、「あらゆる判断は主観的評価に基づくものであるがゆえに普遍の叙述はできない。」として、観察対象物の中に普遍が在るならば、観察者がそれを見出して“主観的”に叙述できることにさえ気づけなかった。
そしてこのような認知の未到達が何ゆえに生起するかと言えば、これは“眼前にそびえ立つ超大物”としてのマルクス憎しの感情ばかりが歪に高じて“ミイラ採りがミイラになった”ような展開、
すなわちヴェーバーの思考統御・監督系諸機能は、マルクスという“(彼にとっての)眼前の目障りな大きな瘤(こぶ)”を何としても排除したいという凡庸者的存在拘束性の陥穽に嵌まりまくっていたからだ。
(つづく)
 
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