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市民層 概論

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169市井の居士◆dgvbGqecqY :2018/08/19(日)15:02:23 ID:???
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その上で価値自由な態度で扱われるべき具体的な主観的諸観念、例えば「個人主義/帝国主義/封建制度/重商主義/因習的」などの如くの、
人々が「文化現象をその連関とその因果的な被制約性とその文化意義において認識するに際して(有意な)効果」を認め得る抽象観念を、ヴェーバーは一括りに「理念型(Idealtypus)」と呼ぶ。
例えばこれらの他にはキリスト教の本質についての全ての叙述/マルクスの「唯物史観」等もまた理念型だそうだ。
その上で理念型が、あたかも実際に生起した歴史的事実そのものと同列に扱われたりするなら、「(価値自由的ではないがゆえに)常に真実に対し疑問の余地を残す妥当性しか持ち得なくなる。」とする。
しかしてこれらを“普遍的真理”の原型(プロトタイプ)としてではなく、あくまでも“具体・個別的歴史を叙述するという目的に資する手段”としてのみ限定的に用益するのであれば、
これら(理念型)は科学研究にとっての「索出的価値(或るものを探り当てるような価値)」を有する(※注)、とも彼は言う。
(※注 理念型を経験的事実の内の「特定の意義ある構成部分をばはっきりさせるという目的のために、現実をそれに掛けて測る基準として、あるいは現実(の事象同士)を比較してみる基(手段)として用いる」ということだが、
このような“ロンダリング”の如き用い方に限定したところで、所詮は“理念型というものが宿す恣意性”自体は消えないのだから、結論が理念型から受ける恣意的影響もまた、依然として存在し続ける。ゆえにこれは詭弁そのもの。)

その上で巷の多くの科学者の価値観を支配しているものとしての「現実が何らかの意味で“決定的な組織”において連関づけられており、そして次にはそこから現実を演繹しようと思えばできるというような封鎖的な一つの概念体系を創ること、
言い換えるならば或る科学の範疇内で次々に現れる研究資料を一つの概念体系の中に、これまた次々と秩序付けていくことで、いつの日にか完全なる演繹的科学を完成させようという理想」は、根本的な瑕疵が存する誤謬である、とする。

とどのつまりヴェーバーは、「人類の歴史の中には“一つの絶対的真理の体系”と見做しうるような原理系などは、どだい見い出しようがなく、“現実”とは、唯何処までも果てしなく個々具体的な経験的事実(歴史)が連綿と連なるだけのものでしかない。」
(つづく)
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