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市民層 概論

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133市井の居士◆dgvbGqecqY :2018/05/18(金)17:03:46 ID:???
13 of 20 (つづき)

あるいはローマの教皇座でもなく、唯ひたすらクリュニーであったところの大修道院グループ(※注)を持つまでに至った。
そしてこの帰結としての11世紀の「グレゴリウス改革」により、「西欧封建社会」が、ついにその全容を整え終えたのである。
(※注 或る司教は「私は王の命令のままに戦う。正に我らの主人(クリュニー修道院長の)オディロンこそ王である。」と言ったし、また或る修道院長には「(クリュニーの支配領を旅している時に)私はここでは、
フランス王よりも強力である。何故なら人々は(フランス)王の支配など歯牙にもかけないからである。」とも言わしめた。)

また現代日本の人々に見られるが如くの、敢えて「世間者(せけんしゃ)」の立場で禅寺で「雲水(うんすい)」として修行したり、あるいは山伏などの「行人(ぎょうにん)」が為すような荒行の真似事をしたり、「聖(ひじり)」のように遍路修行に
出たりといった活動が後を絶たないという事もまた、生活仕様高次ストイシズム系行動文化こそが個人の論考の質の向上に決定的に寄与し、もって(破壊と創造により)高次存在拘束性の変換を実現させしめ得るものであることを、誰もが無意識的に知っていることを裏付けている。

とどのつまりストイシズム涵養こそが、世界の三大宗教すべての修行における中核的目的であるという事実は、取りも直さず人が真っ当な認知/認識を得ようとするならば、この「感情・欲求統御」問題こそが、とりあえずは最大の克服困難性を伴って
顕著に立ちはだかることを示しているのであり、実質的にもストイシズムを行使するとは、脳OSの設計思想「感情系を駆使した省エネ戦略」に対する“大反逆”を企てることであるからして、これはもとより一筋縄で済むような次元の問題ではない。

ではこの人類普遍の大難題の答を認知システム論的に求めていこう。すると己の感情/欲求という、この「意識が覚醒している限りは、脳OS(感情系習慣的自動思考様式)によって際限なく湧き出させしめられ続ける情動」を必要十分に統御し切るためには、
単に人格系メタ認知的論理思考様式によって、事を為すことの意味や理由等に思慮を巡らせているだけの限りにおいては、それが如何なる思慮であっても必ず克己心の限界という壁にぶつかり打ち負かされるしかない運命であることを認めるしかなく、もってここに
(つづく)
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