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完結版(真理)【哲学】デカルト「我思う、ゆえに我あり」を完全論破したよ【人生】

1名無しさん@おーぷん:2018/02/04(日)11:18:04 ID:KMm()
デカルトは、
A「我思う、ゆえに我あり」
B「疑っている我」
C「疑わしいという考え」

と、言説は様々あるが、本質的には、
「「「「我思う、ゆえに我あり」を疑ったとしても、それを疑ったと我思う、となって、ゆえに我ありとなる。」さらに、それ(中括弧でくくった概念)をも疑ったとしても、それを疑ったと我思う、となって、ゆえに我ありとなる。」さらに…となって無限に続く、

要は、
A「我思う、ゆえに我あり」について、
「「「「我思う、ゆえに我あり」と我思う、ゆえに我あり」と我思う、ゆえに我あり」と我思う…
B「疑っている我」について、
「「「「疑っている我」を疑っている我」を疑っている我」を疑っている…
C「疑わしいという考え」について、
「「「「疑わしいという考え」を疑わしいという考え」を疑わしいという考え」を疑わしい…
というように、その「我とか、思考とか、考えるということそのもの」はどこまでいっても無限に続くので、それを決して疑うことができない絶対に確実なこととして、真理としているのである。

したがって、疑うことができた時点で、デカルトのそれを論破したことになるのである。

ここで、論破する。
「しかし、本当に無限に続くのだろうか?」
はい論破。
無限まで疑い続けた人がいるのだろうか。

もしかしたら、途中で、
A「我思う、ゆえに我あり」について、
…と我思う、ゆえに我あり」と俺様悪霊が思っているのである。」
B「疑っている我」について、
…を疑っている我」を疑っているのは俺様悪霊である。」
C「疑わしいという考え」について、
…を疑わしいという考え」は俺様悪霊のことである。」
というように、例えば100兆番目で、実は悪霊であるかもしれないのである。

さらに、ここで詰めると、例えば、
…と我思う、ゆえに我あり」と俺様悪霊が思っているのである。」と我思う、ゆえに我あり」と我思う…
となっても、これは無限に続くことになるので、さらにその後の100兆番目で、
…と我思う、ゆえに我あり」と俺様悪霊が思っているのである。」
というように、結局のところ実は悪霊であるかもしれないのであるという疑問は確実に残る。

ここで、この反論として、「悪霊という、思う主体が存在することは確実である。」という意見があるかもしれない。
しかし、「悪霊とは、我のことである」とは確実に言えない。決めつけてしまうことはできるが、それはそれで疑わしい。

したがって、「悪霊思う、ゆえに…」となっても、本質的に、それ(悪霊)は他人が思っていることと同じであり、「他人(例えば、街を歩いている人とか、電車で寝ている人とか)が思っている(思考している)」かどうかについては、わからない(疑わしい)。
したがって、他人(悪霊)という、思う主体が存在しているかどうかについては、わからない(疑わしい)。
したがって、「思う主体が存在する」ことも疑わしい。

したがって、疑わしい。
無限という確認ができない時点で、疑わしいのである。
デカルトのそれは、絶対確実なことでもなく、真理でもないのである。
完全論破である。

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