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***逍遥遊***

1黄檗◆xOLbFG9QNU:2014/10/26(日)13:41:54 ID:WyLKDpK92()
潮干狩り

何か落ちてるかも
2黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/26(日)16:51:01 ID:WyLKDpK92()
我々は宇宙人の言葉を理解できるだろうか
3黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/26(日)16:58:50 ID:WyLKDpK92()
いつどこで読んだのかも忘れましたが
そこそこ頭のいい人の書いた文章で

人間同士が将棋を興じているところを
こっそり宇宙人が覗いているとして
この宇宙人は将棋のルールを理解するだろうか

という話があって
そこでの結論は「見てるだけでは宇宙人は将棋を理解しない」
というものだった

何十年も前の話で、その結論に至る理由は覚えていない
というかまったく理解できなかった

あ、理解しないってそういうことか
4黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/26(日)19:58:47 ID:WyLKDpK92()
理解するって信仰にすぎないの?

しかし信仰ってなにかね(菅原文太ふう
それは疑うことをやめた状態

疑うってなにかね?何を疑ってるの?
「本当は違うかも」・・・?

本当ってなにかね
似せではないってこと
似せがあるなら本当がある

でもこの世界は似せではない
だからこれ以外の本当の世界なんてないんだよ

あれ、しかし宇宙人にとっての世界ってこの世界?
5黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/26(日)20:10:35 ID:WyLKDpK92()
「理解」が、なにかしら、宇宙に普遍的な成立だ、というなら
宇宙人と我々は世界を共有できる可能性はある

しかし宇宙人は物質でできているのかな
そうであるなら宇宙人に我々の言う「物質」を理解させるための
その努力の方法論はいくらもある

やってみたら案外いけたりするのかな
6黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/26(日)20:13:06 ID:WyLKDpK92()
雲をつかむような導入部はここまでにして
次からは地道に
7黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/26(日)20:22:11 ID:WyLKDpK92()
電験三種に通りました

言いたくて仕方がないのだが
言う相手がいないので、ここで

わたしの日記になっちゃうな
すいません
8名無しさん@おーぷん :2014/10/27(月)08:37:34 ID:SXTmKPbGa
>>7
オメデトウ(^▽^)ゴザイマース
9黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/27(月)19:24:49 ID:sGHQ6CgMS
信号はそれだけで意味内容を成立させ得るのだろうか

戸田山和久の哲学入門
「情報」の章だけ何度か読んだ
(それ以降の章は完全に流し読み)
期待値が高かったので、かなり気合いが入った
なんだろう、この分かり難さ、気持ちの悪さ
他の章はやすやす読めるのに
この章だけは煮ても焼いても食えない
わたしの頭が悪いから?

シャノンの情報理論が泣いている
なんとかしてくれと

信号がそれだけで意味内容を持つのなら
世界に暗号なんて存在しない
多くの未解読文字があるのはどうしてか

暗号を復号させるとは
それが世界と対応する、ということ
この本は、世界すなわち論理が生まれるその奇跡にまるで無頓着
この人にとっては当たり前のように世界があって、論理の存在も当たり前なのかな

それでもやっぱり、わたしの頭が悪いだけ、という可能性は
大いにあり得ることですけどね
10黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/27(月)19:29:20 ID:sGHQ6CgMS
>>8
ありがとう

生活のため、これからの人生のため
自分がただの馬鹿ではないことを証明するため
少しテンションあげました

どうやら食いつないでいけそうで
やれやれです
11黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/27(月)20:24:34 ID:sGHQ6CgMS
哲学入門の「情報」について その2

思うにこの人は、いわゆる「客観的」とされる事象について
それが起こることそのものには解読者の存在は関与しないのだから
情報というものは解読者がいてもいなくても情報なんだ、と
そういったことを言いたいのかもしれない

しかし贔屓目に忖度しても
そういった意味における情報は、『理解可能なこの世界のありき』の
「出来合の世界」の中でのみ意味をなす情報
つまり、すでに「意味内容群」が存在する中で、
特定の信号に特定の意味内容を対応させることはできますよ、と
そういったことが言えているだけ

シャノン的な信号が、即座に意味内容に化けるとか
そんな芸当にはまるで手が届いていない
なのに章の冒頭では、まるでそれが可能であるかのように書いている
とんだ食わせものですよ

ああ、これは言い過ぎました
何事かを理解できないときに、自分の頭が馬鹿なのだと認めるのは
なかなか困難なことです

次回は別の話題でもっと穏やかに
12黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/28(火)20:14:03 ID:zEbquJu7Q
論理は主観によって作られたものだろうか

主観というのはやっかいなものです
なんでもかんでも「それはただの主観」になり得ます
主観主義者にとってはニュートン力学も主観です
どんな理論も結局は主観だと強弁されたら
その人の考えをひっくり返すことなど、およそ不可能です

しかしその主観とは何のこと?
と問われたら、まともに説明することもできません
それでも「思考とは結局は主観だ」という強力な確信が人間を支配しています

この「確信」というものがまたくせものです
確信でしかない以上、それが確信であること以上の保証はありません
確信を確信しなくて何を確信するつもりか?というトンチキな話になるわけです

しかし確信なんてのは、刹那的な気分であって
ワイドショーなんかを見つつ、「こいつが犯人でまちがいない」と確信していたが
新たな事実が出ることで、とたんにその確信は揺らぎます

思考が主観であることは、理由のない確信にすぎません
なので逆に、容易には疑うこともできない

しかし手がかりはあります
13黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/30(木)11:08:35 ID:6TXSvt1US
『わたしはそのことを確信している』のそのこととは何なのか

古い話で恐縮ですが、ドラマの大草原の小さな家
主人公の姉やんが途中で盲目になってしまいます
その後、再び光が見える気がした時のエピソードがあるのですが
それは結局、顔の肌が熱を感じたのを、光が見えたと錯覚しただけ
という悲しい落ちだったように記憶しています

下条伸輔氏の「サブリミナルマインド」に「顔面視覚」についての記述があるので
ご紹介します
目の不自由な人は、杖が無くても障害物を避けて歩くことができるというような
特殊な能力を持つことがある
ところでこの盲人がこの能力をどうやって行使できているかについての自覚的な報告内容は
「黒い陰が顔面に迫ってくる」とか云々の“視覚的な現象”
さては未知の感覚器官か、と研究されたりもしたそうだが
実のところ、聴覚的な手がかりが無いと、この能力は発揮できないようで
どうやら自身の靴音の反響音を手がかりにしているらしいことが分かったそうです
しかし報告される内観の内容は視覚的であるわけです

彼に「おまえはまちがっとる」と言ってやることは妥当だろうか
14黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/30(木)23:22:16 ID:6TXSvt1US
以下のような突っ込みは当然にしてあるだろう

『そんなものは、音波に起因する聴覚からの刺激が、脳内であたかも視覚的な現象として
 感じられるように成立した。それだけのこと。』

一見まともな反論なのだが、しかしこの『』内の言葉によって表現される内容もまた
脳内で成立している『だけのこと』だ。
『たしかに黒い影があるんだよ。』という主張に比べて本質的、決定的な違いはどこにあるのだろう。
常識とか思考の慣れ、当たり前のこと、そういったものを根拠にして反論しているだけ
いやそうではない、と断言する根拠はあるだろうか。
無いように思われる。

いやいやしかし、常識、慣れ、習慣、当たり前
こういったものは、「それだけのこと」なのか
常識が常識であることには理由があるのかもしれないではないか

そろそろわかわかめになる頃合いなので、次回は別の話題に
15黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/10/31(金)21:43:44 ID:YAypEzTma
アナロジーの有効性は、それによって理解しやすくなる場合において
理解しやすいという事態のみが、その有効性の全体である(黄檗

でも理解しやすいことに理由がないわけでもないよね
16黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/02(日)11:04:09 ID:4PkZtkesq
意識は機能なのか

それを語る前に、「機能」という便利すぎる言葉を定義しよう
機能とは「都合に合った性質」でどうだろう
自動車の機能は人や荷物を載せて走ることだが
これは自動車に限った性質ではない
自動車で人を轢き殺すこともできるが、これは自動車の機能とは言い難い

そこで意識の話なのだが
前野隆司は自著『脳はなぜ心を作ったのか』に於いてこんなことを言う

・人間はエピソード記憶ができないと不便だ
・エピソード記憶ができるためには意識が必要だ
・ゆえに進化的に意識は生まれたのだ

残念ながら、この論証は完全に間違っている
ちなみにエピソード記憶とは、物語的な記憶のことであり
つまり「いつどこでなにがどうした」という内容を持つ記憶のこと

なにが間違っているのか
それはこの論証は
エピソード記憶ができないと不便だという話は、この意識に於いて成り立つ話だ、ということに
まったく無頓着である、ということだ

意識あってこそのエピソード記憶であるものを、エピソード記憶ありきの話に転倒させている
エピソード記憶が物理的にどのようなものであるのかについては何の説明もなく
この意識に形成される「いつどこでなにがどうなる」のためにはこの意識が必要なのでこの意識が生まれた
とんちんかんな話
喩えて言うなら、この湯飲みでお茶を飲みためにはこの湯飲みが必要となったのでこの湯飲みが生まれた
のような話(遠いか・・

意図的であるなら詐欺だし、無自覚なら馬鹿
戸田山の哲学入門を読んだときと似たような気持ち悪さ

と、さんざん腐しましたが、観念論や現象学はその性質上
この問題の入り口に立つこともないわけで
それを喚起した意義はあるのでしょうか、ね
17黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/02(日)20:18:55 ID:4PkZtkesq
エピソード記憶は知的活動のために必要なのか

人間活動の現状をそのまま肯定する限りにおいてそうだが
宇宙人にとってそうでなければならない根拠は一つもない

分かってもらえるかどうか

エピソード記憶が生存競争のために有効であることを示そうと思うならば
それが「我々の意識的思考にとって主観的に理解しやすい様式である」ことを示したのでは
まるで駄目なのだ
意識など必要としない、もっと優れた知的活動が存在し得ることを否定できないから

もしエピソード記憶にこだわるのであれば少なくとも
「いつどこでなにがどうなる」という自覚的論理(世界形式)が、あらゆる宇宙人にも通じる可能性のある、
つまり宇宙という存在にとって普遍的な形式であることが示されなければならない
そうでなければ、いつまでたっても人間による独り言のための独り言で終わってしまう
まるでこのスレのように

どうやってもわけわかめですね

次回はもっと地に足をつけてべたに
18黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/03(月)23:03:22 ID:fy7fe2VYC
めずらしく残業
19黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/05(水)17:07:01 ID:2OEmCq7zV
言葉は比喩なのか

言葉とは比喩
よく言われる台詞です

薔薇や蜜柑、はてはエネルギーからニュートリノ
走る踊る考える、強い鋭い情けない

こういった言葉が比喩だとして、いったいそれらは何の比喩?
存在の比喩ですってさ
ふぅ~~~ん(みのもんたふう
それで納得できる人の頭の中ってどんな思考構造なんだろうな
よく分かりませんよ私なんかには

言葉の体系は様々あって、「言語一般」というものを想定することはナンセンスなのかもしれません
がしかし「言葉によって思考される」状況に於ける言葉は『本物』なのであって
何かの「似せ」ではないはず
なぜならその言葉より他に代用が無いのだから

言葉が比喩なのではなく
「言葉は比喩」という表現が比喩なんですよ

・・・・あれ、同じことか・・・いやいや
20黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/06(木)18:15:59 ID:DljR33Drr
始めに言葉ありきなのか

私の本棚に飾ってあるヨハネによる福音書によれば
「元始(はじめ)に大言(ロゴス)あり、大言は神とともにあり』
となっているので「始めに言葉ありき」とはちょっと様子が違うようにも
思いますが

私は2年前まで5年間ほど下層翻訳者として生活していました
だいたいは英語で書かれた技術文献を日本語に要約し、
これを「抄録」という形で納品する仕事です
リーマンショックまでは割と仕事がありましたが、その後は悲惨でした

そんなことはさておき、わたしは英語が得意ではありません
大人になってから半年ぐらい勉強し、やっと英検2級
ですので正確な訳文を作るとなるとちょっとたいへん
それでも要約は可能なんです
どうしてか

予め機械の知識を持っていると、機構とのつじつまを合わせることで
とんちんかんな要約になることを避けられる
文献内容の目的さえ分かれば、構造ありきによって日本語を組み立てることが
できてしまうのです

ネットの自動翻訳程度では、そんなことはできません
こいつらに事前に言語内部的な文法を教えることはできますが
言葉と世界構造との対応を教えることはできないからです
内容的な辻褄が合おうが合うまいが、決められた文法規則に従って
無頓着に翻訳してしまいます

言葉というものが、世界構造と一致するかどうか
それは大問題で、わたしなんかの手には負えませんが

始めに言葉ありき

「言葉」という単語に、どこまでの内容と責任を押しつけるか
その態度如何によって見かけ上の意見は異なるような気もしますが

次回はさらにさらにべたに
21黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/11(火)17:21:17 ID:m48tvQf2L
哲学とはまるで関係のない「機械の話」

ベアリングなど、機械内部にはめ込む部材はその角部が削られています
これを「面取り」と言いますが、これは手で触れたときに怪我をしないようにとか
そんな目的でわざわざ加工されているわけではありません
はめ込むときに、角が隅に当たらないように施されているのです
22黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/11(火)17:30:44 ID:m48tvQf2L
大事な試験の日の朝、頭が冴えない
そんなときにはバファリン1錠
23黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/11(火)18:12:12 ID:m48tvQf2L
どうして人間には「時間とは何か」が分からないのか

簡単に言ってしまえば
物理的な方法によっては時間を制御することができないので調べようがないから
ってことなんですがしかし、この洞察(すいません)もその妥当性を確かめようがないので
単なる主観的な確信というか思想のようなものでしかない

変化が無ければ時間は存在しないだろう、という直観も微妙です
土台無理に無理を重ねているだけなので

哲学上の思考実験に暇つぶし以上の内容はあまり期待できません
しかし暇つぶし自体は立派なものか

あ、人生はしょせん暇つぶしなので暇つぶしが世界を変えるのか
24黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/11(火)20:10:13 ID:m48tvQf2L
相対性理論によって時間を理解できるのだろうか

高速で運動すると時間の経過が遅くなるとか
大重力場に於いては時間の経過が遅くなるとか
相対論から得られる内容はどこか恐ろしい感じすらします
しかし事実、相対論による計算補正によってGPSの精度は保たれているとか

このことは、時間を制御している、そういうことになるのでしょうか
そうだとしても、どうも不完全のように思えます(完全な制御って何?という非難囂々
制御したい時間を制御していない、制御できている気がしない
動いたら不可避的に時計が狂いますから修正してね、って話なわけで
なんといいますか、眼鏡をやるから近視になれ、と言われているような
・・ちょっと喩えが遠すぎますね

この話はまたネタがあればたまに
25黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/15(土)22:40:07 ID:iXVnrSf9L
光速度をめぐるベタなはなし

光速度不変の原理なんてのは、今日び小学生でも知ってる話ですが
これを論理的に理解しようとすると、わたしのような普通の人間ではなかなか大変です

光速度不変の原理はマクスウェルの電磁方程式からの当然の帰結、というわけではありません
それを「どう解釈するか」という話であり、どのように解釈するのが妥当であるかは
理論そのものからは導けません
ちなみにマクスウェルは19世紀の人で、ニュートンからは200年も後の人です

マクスウェルはファラデーの研究を基礎にして電場と磁場の関係を整理し

ある点において
位置変化に関する電場の変化率が、時間変化に関する磁場の変化率に比例し、さらに
位置変化に関する磁場の変化率が、時間変化に関する電場の変化率に比例する、と

そういう式を立てたわけです
この二つの式から電場だけの微分方程式、または磁場だけの微分方程式を導くことができて
その式は波動を表現する方程式(定数係数二階線型偏微分方程式)となる
マクスウェルは電磁波の存在を予言します

電気の勉強をしてますと、ここがまったくの急転直下なわけです
ん~?となる
電気と磁気との間の関係は高校の物理でも習うと思いますが
電気によって働く力は遠隔作用として考えて全く差し支えなかった
実際、物理の参考書を読んでもマクスウェルの話までは、私の頭でも
分からないということはない、飛躍が無いから
しかし突然に断崖が出現して呆然となる

特定の物理量の距離に関する変位と時間に関する変位が交差することまでは調べることで分かったとしても
そのことから「これは波動だ」という「電磁場の実体化」まで頭がジャンプできない
数式のマジックを論理によって埋めることは本当に大変です(しかし必ず埋まります)

光速度不変の話が飛んでしまいましたが、またそのうちです
26黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/16(日)22:29:01 ID:0InMS48u8
自然はいま何をしてるのだろうか

今現在しかない
そう信じている人の数は相当の勢力いるようです
統計を取ったことは無いので適当な感想ですが

この確信を支えているのは恐らく、
「どこを見回したって今しか無いじゃないか」
という個人の素朴なメンタルです
過去なんてのは人間の作り出した幻想、というわけです

確信の根拠は個人の素朴なメンタルなのですが、意識的にか無意識にか
人間一般という超便利なものが介入し、それに責任を押しつけます

『人間が誕生するまでは時間など無かった』と

しかし「人間が誕生する」というのは、どのようなイベントなんでしょう
世界の始まり?そりゃまた大変な神話です
何にも言ってないのと同じと言ったら、それは言い過ぎ?。。いやいや
既にに常識的時間構造を受け入れて、その構造の中で「あるとき時間が生まれた」
とか言われても、わたしなんかにはなんのことやら

私の死んだじいさんも、“いま”を生きていた
そう考えることは自然ですし、実はそう考えるしかないのです
しかしだとすると、そのじいさんの生きていた“いま”とは別の
「まさにこの今の今」とは、いったい何なのか

物理現象でしょうか
あるいはもっと上位の何かによって説明されるものなのでしょうか
27黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/18(火)19:40:49 ID:lRtukMELt
少年老いやすく学なりがたし
28黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/18(火)19:41:55 ID:lRtukMELt
いまさら言うのは恥ずかしいが
一頁も荘子を読んだことはない
29黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/18(火)21:12:16 ID:lRtukMELt
家庭用コンセントって差すほうと穴のほう、どちらも2つありますけど
左右で大きさが違うって知ってました?

大きい方が接地してあるほう
てことはそちらに触れても感電しない

あえて触ってみるのはやめてください
30黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/18(火)21:42:14 ID:lRtukMELt
個別的に成立するクオリアは言葉で説明することができない、という神話

なぐられた傷なんてものは時間が経てば治っちまう
だがな、言葉によって傷つけられた奴は
へたすると死ぬ場合があるからな、気を付けろ

なんか三流ドラマなんかで聞いたような台詞ですが
実際のところ、そうかもしれないと思わせるだけの
説得力がこの台詞にはあるわけでしょう
つまり、そうかもしれない、と思い当たる節が
みんなどこかにあるわけです

そこで表題に戻るわけですが
果たしてクオリアという全くの主観的かつ非言語的な現象を
言葉だけによって説明することは可能なのでしょうか

たとえば、ゴッホの絵でも、モーツァルトの演奏でも良いのですが
それらを見たり聴いたりしたときの感動は、言葉で表現仕切れるものでしょうか
普通の感覚では「できない」と判断するように思います

しかし冒頭で唐突につぶやいたように、言葉が人を殺すこともある
言葉がやがて人間の気分を支配してしまうこともあるわけです

だとすると、ある人がゴッホの絵を見たときの感動と、寸分違わぬ感動を
とある文章によって得られる可能性もないではない、のではないか
と思えてきたり・・・いやーまじで?
31黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/21(金)22:56:28 ID:h4WyIeuF5
ばいさるになったわ

わたしにあんなこと期待されてるのかな
徒労なような、本質でもあるような
32黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/26(水)19:13:52 ID:ghA
時間の矢についてのベタな話

時間の非対称性、つまり先後の非対称性についてよく、エントロピー増大
という台詞がまかりとおるわけです。
一般に言われるエントロピーという言葉は、「乱雑さ」という概念とリンクしており
自然は「より乱雑な状態」に向かって変化していく、というわけです

しかし実際のところ自然は本当にエントロピー増大に向かっていると
単純に言い切れるものでしょうか

たとえば、製氷室に水を入れておけば当たり前のように氷ができるわけですが
直感的に考えても、結晶状態である氷より液体である水の方が乱雑であるように
思えます

なんかおかしいわけです
33黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/26(水)19:33:48 ID:ghA
私なんかが高校生のときには、物理でも化学でも、エントロピーという概念は
主要なテーマとしては全く出てきませんでした
せいぜい箸休めに顔を出すぐらい
いまの授業はどうなってるのかしら

高校の授業で最も重要視されたのは、エネルギーの概念でした
燃焼という現象を考えるとき、反応に関与する酸素分子と水素分子のもつエネルギーのトータルが
水分子の持つエネルギーのトータルよりも大きく、反応すると外部にエネルギーを放出することになる
反応はつまり内部のエネルギーが小さくなる向きに進む
そういう経験則が十分有効に成り立つ、と習うのです
ここでエントロピーなんていう話はぜんぜん出てきません

反応の向きを考えるための指標として高校で習うのは、エネルギーを除けば
せいぜい、「外部からの影響を小さくするように平衡状態が移動する」ぐらいの
ことだったんじゃないかしら(遠い目
これはつまり、温度が高くなれば吸熱する方に平衡状態が移動する、ってことなんですが
今もそんな風に教えられているのかな

エントロピーはどこに入り込んでくるのでしょう
34黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/27(木)18:42:47 ID:fNr
寒くなってきまして、わたしも暖房を入れたりするわけで
こたつがあれば良いのですが、部屋が狭いのでエアコンにしています

部屋を暖めるのに、電気ストーブとエアコン、どちらが暖かくなるかといえば
当然エアコンであるように思えます
第一、電気ストーブよりエアコンの方が消費電力が大きいし

しかしもし同じ電力を消費するとするなら、暖房能力は同じかというと
そうではないわけです
エアコンの暖房能力の方が電気ストーブのそれの何倍も大きい

それはどうしてか

電気ストーブというのは電気エネルギーを熱エネルギーに直接変換して
暖房してるわけですけど、エアコンの仕組みはそうではありません
エアコンというのは熱を発生させる機械ではなく、熱を移動させる機械、
なわけです

暖房運転の場合、移動させるエネルギー量は消費されるエネルギー量の
何倍にもなります

わりとすごい技術なんです
35黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/29(土)20:16:47 ID:xFS
世界は情報の流れ、なのか

わたしの住んでいるアパートに無線RANを導入することになったようで
近々工事が行われるとの連絡がありました
どんな設備をチョイスするのが適当なのか
ネット環境の変化に私はついていけてません

もう多分、この空気中にうじゃうじゃと電波がひしめき合っているはずです
しかし幸いにも私の身体はその情報をキャッチすることはありません
何も見えないし、聞こえないし、感じない

ルーターが無かったら、飛び交う電波は、ただ無為に飛んでいるだけであり
出力装置が無ければ、電波の内容は世界に現れることは無いままに、やがて消えていくことになる

素朴にはどうってことのないのに
考えすぎると頭がおかしくなりそう
そんな話ってありますね
36黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/29(土)20:23:52 ID:xFS
一部の哲学者は、無人島で木が倒れても音はしない、と大まじめに主張しますが
『音というのは“個人的主観に限定された事件”であるから、それ以上のことではありえない。』
という強力が信念がこの主張を支えている、のかな

ルーターが無い場所での電波信号
無人島での音波
それほど役割に大差があるようにも思えませんが

人間が居ることの、何がそれほど決定的なのでしょうか
だって、その人間は私でも貴方でもなくって良いのでしょ
誰でも良いから人間が居さえすれば良いってこと?

我々が人間というものにこだわる、その理由はどこに書かれているのでしょう
ひょっとして探しても何にも無いのでしょうか
37黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/30(日)20:02:44 ID:puC
電気コンロなんかを使っていて、スイッチを切らずにコンセントをいきなり抜くと
プラグから火花が飛んだりしますが、なんでそんなことになるか、その理由(わけ)は
流れている電流は流れ続けようとする性質があるから、だそうです

そうである理由もまたあるわけですけど

理由の理由の理由・・・
終点はあるのでしょうか
わたしはあるように思ってますが
38黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/11/30(日)20:18:45 ID:puC
ゴキブリに心はあるのか

そんな話をしてますと、よく
人間だって他人に心があることを証明できないでしょ
なんてことが非常な説得力を持って言われたりします
しかし本当は、自分に心があることだって証明することなどできないのです

証明できなくたって自明じゃん

自明という便利すぎる言葉は、どのような条件の下に、どこまでの責任を
負うことが可能なのでしょう

・・やっぱり終点なんか無いのか
39黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/03(水)20:56:57 ID:ZNI
電気ストーブを付けますと、ブォーンと音がしますが
これは電流が交流であることによってコイルの磁場が交番的に反転し
振動が生じるから

このように説明が可能です

ある説明が必要十分であるかどうかは、それによって納得できるかどうか
という結果として主観論でしか計れない・・・?
主観が終点ということ?
しかしどうして納得できるのか
それはその説明に違和感が無いから

違和感が無いのは、多くの知識との摩擦を起こさないから
摩擦を起こさないのは、辻褄が合っていて
つまり論理的ってこと

客観化する努力はわりと可能なようです
40黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/05(金)16:58:14 ID:hlB
意識と観察

シュレディンガーの猫は、『科学は気になるが哲学の方が好き』な人にとって
いまだに良いおかずとなっているようです

観測されるまでは決まらない、そのことは
ふたを開けて誰かが見るまで決まらない、なんてことを全く意味しません
だいたい、観測がなされるその瞬間を人間がじっと見てるなんてことは、
いまや多くはありません
“観測装置”が“記録”という状態を成す、そのことが観測なのであって
また、その状態になったなら、観測された内容を『いつだれが見ても』
同じ内容であるようなものを、観測結果と言うわけです
人間はいつ見ても良いし、誰が見ても良いわけです
そうでなければ科学など成り立たない

意識に上るまでは重ね合わせの状態にあるのではなく、
観測という状態を引き起こすと想定されるモデルについて、『その理解のために』
重ね合わせという概念がある程度有効に機能する、と
そういうことであるはずです

しかし、こんなことをここでどれだけ叫ぼうとも、誰の耳にも届きません
以前は、どうしてなんだとか思いましたが、最近は届かないことにこそ問題が
転がっているのかな、なんて思うように・・・いやいやまさか
41黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/05(金)17:26:13 ID:hlB
シュレディンガーの猫の話で言うのなら
蓋を開けるのを100年間待ちました
蓋を開けたら白骨化した猫がおりました

猫が死んだのは蓋を開けたとき?
そんなはずないでしょ
とっくに死んでいる

どれだけ「意識」を特別視したいと思っても
辻褄が合ってないよう話はどうにもならんのです
42黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/09(火)18:48:04 ID:GBn
『ちゃんと理解している』って

量子論を扱うサイトに顕著に見られる台詞で
「このような人は量子論の本質をちゃんと理解していないのです(キリッ」
なんて言われたりして、ドキッとすることがあります
私も『ちゃんと理解しよう』と努力してるわけですが
どうしてこんなことになるのでしょう

そうかと思えば、ネットで論争すると
「こいつこんなことも分からんのか」
と私の方がいらついたり

「ちゃんと」って難しい
43黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/09(火)19:00:37 ID:GBn
構造って

構造主義という言葉が気になって少し調べてみたのですが
どういう立場なのか、どうにもピンと来ません

実体を否定するのが目的なのか
意味内容は関係に解消される、と言いたいのか
個別的物語よりも物語の普遍性を抽出しようとする運動をいうのか
どうにも分からず

結局分かったのは、ソシュールとかレヴィ=ストロースとか
そのあたりがこの話にまつわるビッグネームだと、
そういうことだけでした
44黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/09(火)20:48:33 ID:GBn
工学に於いても構造力学というのがありますが
構造力学と構造主義はあまり似ていません

解析力学というのもあります
これはなんとなく構造主義っぽくはあります
それは、焦点が個別的局所的ではなく、大局的全体的である
という意味に於いてです
解析力学はニュートン力学から演繹されるものではありませんが
得られる結果は等価であるようです
利便性に於いてニュートン力学よりも有利な点も多いようです

構造主義はそこまでの成功しているようにも見えませんが
まだ可能性はあるのでしょうか
45黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/09(火)21:12:59 ID:GBn
大局って

運動エネルギー保存則はニュートン力学から演繹されます
エネルギー保存則というのは、物質の振る舞いが法則に支配される
そのことを言っているわけです

しかし考えてみれば、個々の素粒子にとって「法則」なんか知ったこっちゃありません
素粒子は己の固有の性能を発揮すべく好きなように振る舞おうとしている
言ってしまうなら、物質は自分で勝手に動いているのです
だがその勝手な動きを押さえつけるものがある
全体を規格化する究極の縛りが、エネルギー保存則という得たいの知れない枠だと
そのように思考の転換を図ることは、さほど困難なことではない

とほざいてみても、そこから新しい方法論が生まれるわけでも
ないのですが・・・いやいやどうもいかんね
46黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/11(木)19:22:16 ID:8lk
関係って

哲学なんかを齧りますと、「存在の本質は関係である」
みたいなことを口走りたくなるわけですが、しかし関係という言葉によって
その人が、自分自身本当に何を言いたいのか、を見つめることができているか
については全く怪しいといいますか、おそらくまるで考えてないだろうと
経験的には推察されるわけで
まあ「関係」という言葉に“おまかせ”しているわけです

言葉っておかしなもので、発信されてしまうとその後
どう受信されるのかを規定できるルールが無いのです
なぜなら規定できるルールは言葉によって構成されるからです
ほとんど神頼みなわけです
逆に、無頓着に発信された言葉が真面目に受け取られたりも
するわけで、どうして真面目に受け取られるかと言えば・・・

それはともかく、関係ですが
関係という言葉で連想されるイメージってのは、概念と概念を
線で結んだような感じではないでしょうか
そういうイメージありませんか?
このイメージが形成されることにも
それなりの理由があるわけでしょうけど、しかしこんなイメージは
煮ても焼いても食えないのです

関係とは概念と概念の間の量的な比率である、そうなって初めて
関係を関係として扱うことが可能となるわけです

いやこれは言葉狩りが過ぎました
わたしとあの人との関係は?
親子です
あれ、量は関係ないじゃん
47黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/11(木)19:48:26 ID:8lk
概念って

第一義的には「イメージ」ということなんですけど
イメージというのは、それがどれだけぼんやりしていても
『特定』なものなのです
イメージというのは言葉と概念を結びつけるための“仮止め器具”
というか、海に浮かぶブイのようなものでしかない、と思われます
意識にとって暫定的に維持できる何ものかが結果としてイメージとして理解される

これが概念となるためには、言葉として運用される必要があります
言葉が運用されることで世界の枠組みが形成されます
しかしこれは、言語の形式的な構造によるものではありません
文法をいくら分析しても世界が構成される仕組みは見いだせません

言葉を運用することで世界が構成される仕組みは分かりません
ゆえにそれをコンピュータに教えることもできません
もしその方法論が分かったなら、人工知能は概念に相当する
なにごとかを獲得し、そのとき初めて人類にとって驚異となるわけで、
それまでは心配しなくても良いとわたしは思いますが
どうなんでしょう
48黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/12(金)22:38:43 ID:7JZ
自由意志

決定論と自由意志が両立することの理屈があって
それはつまり自分で考えたことが実行できるのだから
これは『脳(精神)→身体』の因果関係の正しさを示している
だいたいそんな理屈なわけです(自己コントロール)
しかしこれは素朴な主観を根拠にしています
つまり、自覚的に知られる内容に沿って因果関係が成立している
そんな確信に依っているわけです

しかし「考えたように体が動く」という感覚が、体が動いた結果として
体が動いた後に遡及して成立するのだとすれば、身体を支配する意志として
自由意志は全くの錯覚として片づいてしまうことになる

実際、脳科学や認知科学によって、意識的な意志が成立する前に
身体の方が動いているという結果が得られている、ようです

「意志による自己コントロール」なんてそもそもが茶番かもしれない
自覚的な意志は行為がなされるその現場に参加も同期もしていない
例の戸田山氏の本からはその可能性がすっぽりと抜け落ちて
素朴に「気の持ちようを変える」的な言葉遊びと概念転換に終始している
ように思えましたが、これはわたしの読みが足りませんかね
49黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/12(金)22:52:14 ID:7JZ
一年ぶりに映画を見てきました
インターステラー

退屈はしませんでしたが
なんだかよく分かりませんでした

たまには映画もいい
50黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/17(水)19:23:28 ID:BDg
100個の素数のうちの2つを選らんで掛け合わせた数の
可能な個数は・・・・4950個・・かな?

約50倍

素数を探すのって大変らしい
51黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/17(水)20:16:06 ID:BDg
このコンピュータ全盛期の現代で
いったいいくつぐらいの素数が発見されているのだろう
数が大きくなると、だんだんと少なくなっていく感じがあるから
まあ数万個ぐらいかなとググッて調べてみたが、よく分からず
しかしどうやら全く見通しが甘かったか
直感はあてにならんな

素数はそのものは原理的に無限の数だけあるのだが
現在発見されている素数のうちその最大のものは
その桁数が1700万桁ぐらいのものらしい

どうやら素数定理というのがあるらしく、それを信用するなら
2からその数までの間に存在する素数の個数は桁数で数桁減るだけ
つまり個数の桁もほぼ1700万桁?
そんなにあるのかよ

でもひょっとすると、そのうち全部が発見されているわけではないのかな・・・
いやしかし素数なんて小さいところから探していかないと、ある大きな数が
素数なのかどうか分かりませんよね

数学者って大変だな
52黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/18(木)20:09:36 ID:mm9
寒いときには肉を食うのが良いらしい
冷え性に利くとか

ためしてガッテン
53黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/18(木)20:44:32 ID:mm9
偽薬と論理

プラセボ効果というのがありますが、これはまあ
鰯の頭も信心、薬は利くと思って飲むから利く
そんな話だと思います

逆偽薬効果というのもあるようです
下条信輔氏のサブリミナル・マインドから紹介しますと

全く薬効の無い同じ偽薬を二つの不眠症グループに処方します
一方の能書きは「心身をリラックスさせます」であり
もう一方の能書きは「興奮してドキドキするかもしれません」としてあります

結果としては、興奮するかもしれませんと言われたグループの方が
早くに眠ることができたそうです

自分の心も体も、そうそう思い通りにはならないもの
という事実とともに
いかに合理的に見えても、同じ理屈が無条件に成り立つわけでもない
そのような教訓でもあるようです
やってみないと分からんわけです
54黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/21(日)19:15:03 ID:pcQ
小保方さんも悪意はなかったと思うのです
55黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/21(日)19:47:23 ID:pcQ
水の記憶

新潮文庫の『代替医療解剖』にホメオパシーについての話があって
それを読むと、今回のSTAP細胞の大騒ぎに重なって見え
なんだかおかしな気分になります

ホメオパシーなんて耳慣れない言葉ですが
たんに私が情報弱者なだけですかね

簡単に説明すると、たとえば抗体反応を引き起こすアレルゲンを
極限まで水で希釈して、もはやアレルゲンの分子が一つも残っていない
もはや全くのただの水である“溶液”が尚、抗体反応を起こす能力を
十分に残している
そういった研究結果が、“世界最高の権威を持つ科学雑誌”である
かの「ネイチャー」に1988年、掲載されたことがあるそうです

もはや有効成分など残っていないはずの水が何かを覚えている
ただの水なのではない
個人的にはロマンチックな話だと思います

この後の顛末は、いろいろ調べられて今回の騒動と似たような
経過を辿ります
ロマンだけでは科学で飯は食えないようです
56黄檗◆xOLbFG9QNU :2014/12/22(月)22:17:03 ID:sGF
言葉と暗号

たしか山崎豊子さんの「二つの祖国」だったか
時代は第二次世界大戦前夜から開戦へ、そして終戦
日系アメリカ移民家族の物語
主人公である長男は、開戦に際してアメリカ軍に従軍し
弟の次男は日本に帰って日本軍の兵隊になる
そんな話なんですけど

この主人公の長男が解読困難な日本軍の暗号を解読する場面があります(思い違いかもしれない
この暗号はどうやら薩摩弁で音声により送られていて、アメリカ人には解析できないらしい
エニグマすら解読したアメリカ軍が本当かよと訝しくも思われますが
物語的には、とにかくそういうことになってます

このことからも推察されることですが、まったく未知の言語をその言語内部の記号体系だけから
既知の言語に復号することは恐らく不可能です
もしそんなことが可能であるなら未解読文字なんて無いはずです
古代インダス文字も契丹文字も解読できるはず、資料は豊富なんだから
しかし解読されていない
言葉の壁というのは強力な暗号装置であるようです

解読するためには、何かしらのヒントが必要となります
それは、ある記号列が世界の何を表現しようとしているのかってことです
十分でなくてもそれらをある程度見つけることができれば、論理を頼りに
芋づる式に解読が進むようです
ちょうど杉田玄白らがターヘルアナトミアを解読したように
それもまた不思議なことです・・・・そうでもないですか
57黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/01(木)00:49:54 ID:ze5
真理とか証明とか

真理であるにもかかわらず証明できない
そんな命題がある
哲学を齧ると気になってしまう不完全性定理

この不完全というのは、
規約によって演繹的に構成される体系に於いて
表現され得るある命題が、体系に於ける真なる事実を表現しているのだが
しかしそれが真あることを規約からの演繹によっては証明することができない
そのような事実(とそれを表現する命題)が存在する

そんな話だと思います

しかしこの定理は、どの命題がそのような命題となるのかについて
具体的に教えることもなければ、手がかりすら与えません

実に無責任な定理です
何が分からないかは分からないけど、とにかく分からないはずだ
そんな話にも思えてきます(すいません
58黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/01(木)01:07:59 ID:ze5
リーマン予想なんかを扱ったテレビ番組見たりしますと
こういった未解決の問題は、実は原理的に証明不可能かもしれない
だいたい、そのようなオチがあって、こちらも「ほほー、数学こわいな」
と感じたりするわけですが
しかし果たして、不完全性定理というのは、こういった具体的な
未解決問題を解決することそのものに対して、それはもしかするとあきらめた方が
良いかもしれないよ、と、そういったことを言えるような
そのような定理であり得るのでしょうか
実に怪しいと思います(すいません
59黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/01(木)01:41:27 ID:ze5
先日ネットで見たテレビ番組で、不完全性定理について、
マーカス デュ・ソートイ教授が私にも分かった気にさせるような
解説をしてましたので紹介します

「“この命題”は証明不可能である」の真偽を考える。
ここで“この命題”とは、「・・」の中の表現が示す内容なのだが
さらにそれは数についての命題(ゲーデル数に置き換えるような操作を
するのかもしれない)になっている。
さて“この命題”が偽であるなら、証明可能となるはずである。
そこで証明可能な“この命題”が証明されるとすると、
“この命題”は真であることになる。
これは最初の仮定と矛盾するが、命題は真か偽かのどちらかであるので
結果として“この命題”は真である。

たしかこんな狐につままれたような話でしたけど
この説明で分かります?

真偽の区別を優先した話をするならこうですよ
どうしますか、とこちらが試されているような
なんとも脅迫的な感じがしますが(すいません
どうなんですかね
60黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/01(木)01:44:12 ID:ze5
あけましておめでどうございます
61黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/03(土)19:03:10 ID:zNG
現代数学は宇宙人に通じるのか

数学というと、論理的思考の頂点に君臨する印象がありますし
これはひょっとすると宇宙のコスモスをそのまま表現しているのかもしれない
とするなら数学は超普遍的な何ものかではないのか
そんな信仰心にも似た気持ちが私にも無いわけではないのですが
しかし実際、非常に危ういところです

いかなる努力をしようと宇宙人には自然数ですら通じないかもしれない
つまり言語を度外視した「数学の内容」に限定したとしても、それはただ
偶然的に発生し、人間だけに通じるローカルな暗号

そんな恐怖にも似た感覚を覚えることってありませんか
62黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/03(土)19:25:45 ID:zNG
無限を規約によって縛れるのか

ガウスが無限を畏怖し、それを数学から避けるべきだと考えていたらしい
というのは割と有名な話のようです
その地獄の蓋をカントールが掘り出してしまい、大騒ぎとなる
不完全性定理もその直系の思考系列の中にある

それは結果として人類に実り豊かな数学世界を与えたのだ
と楽観的に考えるのが普通であって、私としても現状を肯定するしかないわけです
こうなることは必然のことであったのだと、人類は自分を納得させるしかない
歴史をやり直すことはできないわけです

カントールは何をやらかしてくれたのか
「集合」「1対1対応」「対等」
人間一般にそのような概念が成立可能で、この概念を武器とすれば
無限を捉えることができるのだ
それを「発見した」ということ・・・なんでしょうか、ね
63黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/03(土)19:52:22 ID:zNG
カントールと無限

カントールによれば、「偶数全体の要素の個数」と「自然数全体の要素の個数」は同じであるようです
なぜなら、偶数は無限にあり、自然数も無限にある
そのような偶数をずらっと並べ、自然数をずらっと並べると、それぞれが偶数全体の集合と
自然数全体の集合となるわけですが、それぞれの集合の各要素が1対1に対応できる
1対1に対応できるなら、これは「対等である」と考えてよい
これはつまり偶数全体の要素の個数は自然数全体の要素の個数と同じである
そういうことになるのだ、まちがいなくまちがいない

このような話であるように私は理解しましたが
すでに脅迫的である感じがしませんかね
だってどう考えたって自然数の方が多いっしょ

でも「無限」を扱うとなると話が違う
規約によって縛るのだ、そう縛れるのだっ
「個数」なんていう数学的には垢まみれの言葉は概念として折り合いが悪いから
集合の話をするときは「濃度(potency,power)」って呼ぼうぜっ、と

なんだか怖くないですか
64黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/04(日)19:43:24 ID:oya
カントールと対角線論法

濃度(≒要素の個数)が同じなのは整数的なものに限りません
カントールによれば、同じような理由(1対1対応が可能)によって
二次元と三次元は対等となるようです
次元が違うのに?およそ信じられないことです

じゃあ何でもかんでも対等で、濃度は自然数と同じじゃん
と思いきや自然数全体と無理数全体ではその濃度が違う
そうするための仕掛けが対角線論法
これが実に危うい

要点は、○.○○○○○○○○・・・・
という無限小数を「無限個並べたとき(←自然数全体との対応を表現する)」に、
そのどれとも異なる数をいつでも作ることができる
ゆえに、自然数全体と無理数全体の各要素は1対1には対応しない
・・・そんな話なわけですが、この説明で分かります?
これって、操作的に可能であるかどうかを優先して考えるぜ
てことですよ

ほとんどトリックというか、もはやこれは心理学ではないのか
なんて思ったり(すいません

しかしこのカントールの判断が正当、妥当であることを
宇宙人が納得するように説明できるでしょうか

どこかで別の何かと繋がる
そんな結果があるなら、あるいは・・・
65黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/12(月)20:27:52 ID:3WI
夢の中でぶっさいくなぶっさいくな若いねーちゃんの乳を揉んでいたのですが
絶賛もんでーるときに目覚ましにたたき起こされてしまいました
続きが気になります

何かのきざしなのでしょうか
66黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/12(月)21:31:55 ID:3WI
調べてみると、ドイツ軍のエニグマを解読したのは
イギリス軍だそうで
天才チューリングの考案したマシーンによって
解読できたようです

アメリカ軍ではなかった(すいません
67黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/12(月)21:50:31 ID:3WI
チューリングといえば
彼は「リーマン予想は偽である」と思っていたそうです
68黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/15(木)10:54:17 ID:NUI
リーマン予想がらみで「素数に憑かれた人たち」を
ブックオフでゲットしましたので頑張って読んでみました

労作です
高度で難しい内容を我々一般人にも理解できるように説明する
というのは大変なことです
しかしその制約があるゆえに肝心なところはすっとばさざるを得ない
それもいたしかたないのか

数学ってほんと大変
直観主義で有名なブラウェルが
人間精神を離れた数学は成立しないと言ったそうですが
数学の高度な領域について、はたして人間一般に成立し得るのか
それすら不安になります
だって、数学が確かに成立する根拠なんて無いわけです
あるのは事実として“頭の良い人”には成立しているらしい
その結果だけです
それもあやしいもんですが(すいません
69黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/15(木)16:09:49 ID:NUI
級数と直観

リーマン予想は素数と関係があるようです
素数はまちがいなく自然数ですが、リーマン予想に出てくるゼータ関数の
変数項に入る数は自然数に限定されません
複素数まで含めた級数で表現されるもので、分野的には
解析学ということになるのでしょうか
これは「極限」を表現しているわけです

「憑かれた人たち」には極限をもって数論と等価となる理由は
書かれていません
だからどこまでももやもや感が残るのですが

極限はどこまで行っても極限であって、「完全に一致」とは違うのじゃないか
そんな「直観的違和感」は解消されない・・・ような(すいません

むかしどこぞで、実数の連続性のためには「0.999999999......=1」であることが
要請される、とか知ったかドヤ顔で書いたことがあるのですが
たしかに数を「特殊な論理」で縛ろうとするならそうするしかない
この特殊な論理を理解するのにまた特殊な直観が要るわけです
しかしある直観が別の直観と相容れない、そんなことが起こる

コンピュータに実数の連続性を理解しろ、とか言っても無理な話です
70黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/18(日)19:26:18 ID:N2z
「善の根拠(南直哉・著)」を勧めている人がいたので読んでみましたが
何を言いたいのかほとんど分からず
そのあと「教養としての宗教入門(中村圭志・著)」を読みました
こちらは大当たり

宗教毛嫌いしてましたが、調べてみたら案外楽しいかもしれない
なんてね
71黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/19(月)21:18:32 ID:eKr
仏教なんかですと「空」とかいう概念が出てくるわけです
この「空」の正体って何でしょうか
空と表現されることで人間一般に現象することを期待されるなにものか(なにごとか)
なんとなくそんな風なものを空と呼んでいるのかな
「実体など無い、すべては関係でしかない、縁起とも言うが」
わたしも、分かったような気にならないわけでもないのですが

ところで「実体が無い」ってどういうことなんでしょう
「実体が無い」と主張する人は実体とは何かが分かっているのでしょうか
たいてい、まるで分かっちゃいないわけです
分かっちゃいないのだけれど
「実体など無い」という表現そのものが強力なんです
強力な表現は論理をすっとばして感性に直撃してきます
この直撃は非常に警戒していても避けられません
上手に当たるしかないわけです
 
わたしみたいなもんの言葉にだまされたら駄目ですよ
72黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/21(水)21:05:51 ID:ksB
実体って

随分前のことですが、実体とは何かということについて
それはXのことだと答えた人がいました
これまで2chで見た中ではその人が一番哲学に明るい人だったような
でも“その心”は私なんかには見切れません
普通に考えるなら関数の変数項、あるいは主語となり得るもの
そういうことなんでしょうけど、本当のところはどうだったのか

少し前に「電磁場は実体化する」とか口走りましたが
その意味するところはそれとは少し趣が違っていて、その心はですね

もともとは単なる思考上のツールであったはずの「場」
物体が物体に対して遠隔作用する、その「可能性」を人間様が空間に貼り付けた
それだけの内容にしておいたはずなんです

ところがその“場の状態”、それはつまり「力(=作用)の発現可能性を意味する限りにおける“状態”」
なわけですが、その「状態」はしかし、空間上を伝播するものだということになり
さらにその伝播速度は有限だとなった
それはつまり物体からの作用が相手の物体に到達するまでに時間がかかると

ということは、「作用が相手側に伝わる前に途中で送る側の物体が無くなった」としても
相手側に及ぼす作用は変わらないと、そういう話になって、それはあんた
電磁場が思考上のツールの地位から実体へとグレードアップしなくてはおかしいだろ
そういう話になったわけですが・・・こんな説明で分かります?
これは私の妄言ではなく、わりとスタンダードな話ですので安心してください

実体とは天使の水晶玉みたいな特殊形而上学ではなく、還元されない何ものか
そのようなものが実体の地位を得る
・・・しかしこりゃ観念論ですかね・・・いやいや
73独りよがり :2015/01/22(木)00:38:32 ID:n4M
人質の二人は生き生きしてますが
74黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/22(木)19:40:06 ID:Mt8
あれが茶番だったらやるなって感じですけど
ないですかね

不謹慎ですね、すいません
75黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/25(日)21:00:19 ID:h4i
一昔前は、大阪の水道水は日本一まずいとか言われたもんですが
いまやペットボトルにして売りに出すぐらい品質が良いそうで
酸素プラズマでオゾン処理してから活性炭で濾過しているとか
ご苦労さまです
76黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/28(水)19:42:44 ID:ATn
勤めに出るようになって朝、電車に乗ったりもするわけですが
ふと、少年達が昔よりも小さいなあ、なんて感じたのです

昔は中学3年ともなると、どいつもこいつも親父よりも大きく
なったもんですが、最近のおっさんはみんなでっかいね

そんなところに時代の流れを感じてみました、すいません
77黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/01/29(木)19:43:13 ID:EzT
量子力学はその黎明期に於いては量子論と呼ばれてました
いつのまにやら論から学となったわけです
湯川秀樹が論と学について公開講義で言及しているのですが
それによればですね
論というのはそれ(論)についてあれこれ議論できるのが「論」で
学となったらもう出来ちゃってる感じ、だそうです
ちなみに物理学での「学」に対しては「力」が付く
熱力学やら統計力学やら
なぜかというと、偉大なニュートンが作ったのが「力学」だから
物理学というのは即ち力学なんだそうです
量子力学はもう出来上がっちゃって、洗練されて、教科書にもなっている
ゆえに力学と呼ぼう
そんな理屈のようですが、どんなもんでしょう

しかし相対性理論はいつまでも「論」ですね
どういうことなんでしょう

そして現象学はどうして「学」なんでしょう
78黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/01(日)01:57:23 ID:8k0
木田元さんが、現象学とはやり方とか体系とか
そういったものではぜんぜんなくて
方法的態度、研究対象に向かう態度のことだ
みたいなことを書いていて、うまいこと言うな
と感心したりしましたが

そういえば昔どこぞで、量子とは何かを普通に説明してやったら
「量子とは“態度”のことだよ馬鹿」と言われたことありますね
調べるとどうやら竹内薫とかいうおっさんが言ってたらしいです

強い言葉って横断的に残っていく
こわいこわい
79黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/07(土)18:29:11 ID:FD8
勤め人というのは会社の金で研修とか受けれたり
交通費は支給されたりしてお得な気分になりますね
会社ってわりと公共性、公平性に資する仕組みなのかな

その前にピンハネされてるとも知らずにおめでたい奴だ
そんな声も聞こえてくるわけですけど、どうなんでしょう
80黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/07(土)18:51:40 ID:FD8
でも日本は貧乏人に優しい国だと思いますよ
フリーで食べてるときの原稿料は年収で100万円ぐらいで
足りない分は工場労働で補っていたんです

原稿料から1割が源泉徴収されますが確定申告で全額が戻ってきて
工場で稼いだ金も100万円ぐらいなので税金は掛からず
これも還付されました
年金の支払いも免除されたし
国民保険料と市民税はただみたいに安いし
ほんとごめんなさいって感じでした
あの生活に戻りたいとは思いませんが

でもあのころは頭が冴えてた
今は・・・w
81黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/15(日)18:46:36 ID:0oI()
現象学とか

何十年も前になりますか
そのころ哲学なんてものには大して興味も無く
理系の人間の多くが経験することだと思いますが
量子力学の洗礼を受けてその非直観的な世界に圧倒されてたわけです
いまだに量子力学が世界の何を表現しようとしているのか分かりませんが

そのころ一般教養の単位で哲学の講義を受ける機会があって
最初にいくつかの講義をはしごしたのですが、そのうちの一つが大当たりで
半年でパルメニデスからフッサールまでを概観する程度の
まあ哲学科の講義から見ればままごとみたいな内容なんでしょうけど
しかし世界が一変したような記憶があるような無いような

一切は“現象”
自然主義的な独断を留保して、そこに反省の目を向けよう

そりゃあもう衝撃的でした
フッサールの文章を読んでも何を言ってるのかさっぱり
分かりませんでしたが

最近、木田元さんの現象学についての解説を読んでみて
さすがに昔よりは分かったような気にはなりますが
やっぱりよく分かりませんね

よく分からないだけの話ですいません
82黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/15(日)19:11:39 ID:0oI()
不可知論と「無知の知」

以前、不可知論とか懐疑論はクソだゴミだクズだと確信して
その論理的な嘘くささを突いて粉砕しようとしたことがあったのですが
それは自分の中ではある程度成功したと思っていたのです(すいません
でも他人様にはほとんど通じませんでしたので普通に失敗なんでしょう

一方、無知の知というと、何かしら謙虚な姿勢のような感じがして
まあ哲学的に悪い態度ではないよねと、ずっと思ってたわけです
しかしこれ、不可知論と大差ないですよね
いったい人間は、何を知り得ないと言うのでしょうか
もとい、何を知りたいのでしょうか
どうなったら満足なんでしょうか
満足するなんて原理的にあり得ることなのでしょうか

哲学というのは、そのことに敢えて目をつぶり
確信犯的に概念を耕して新しい世界を作って提供すれば
それが十分に哲学であるということなのでしょうか

きっとこのままで良いのでしょう
どんなに理性が厳密を求めても、結局はどこかで開き直るしかない
・・・本当かよ
83黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/15(日)20:17:15 ID:0oI()
エントロピーとか

瓶の中に水が入っているとして
この水の体積とか温度を測る手段はあって、測定装置もあるわけですが
そのエントロピーを測るとなったら、それを直接に測る測定装置はあるのでしょうか

エントロピーというのは多分、計算でしか求まりません
極度に概念的な量なわけです(エネルギーも似たようなもんですが
しかしでは実在しない量かというと、これまた微妙な話で
エントロピーは原理的に「状態量」であることが証明されます
その意味はつまり、ある物質系が存在すれば、そのエントロピーは
物質系の履歴に依らない、そういう性質もあるわけです
その物質系がこれまでどのような状態を経てその状態になったのかに
関わりなく「今現在の状態」にエントロピーが一意的に対応する
だとすると、エントロピーはそれを計算する手段に依らずに
物質系にのみ依存して「実在する」と考えて良いような気がします
しかしその値を求めるには計算しないといけない
どうやって計算するかというと、「事実上はあり得ない“理想的な履歴”
を想定する」ことでのみ計算が可能です

エントロピーの量は実際上の履歴に依らないのだけれども
空想的な履歴に依って計算される

こんなひっくり返った話を理解しろというのは無茶な話です
科学ってしょっちゅうこんな荒技をねじ込んできます
実に暴力的です
84黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/15(日)20:57:56 ID:0oI()
不可知論とか懐疑論の根っこにあるのは、ほんとうのところ、物自体への理性の暴走
なんかではなく、自意識の投影としての他意識の「実在性」が
懐疑論の成立を支えているのかな

恐らくこの(意識の)ようにあるのだろうけれど、それが実在することすら
知ることのできそうにないそれ(他意識)がしかしまちがいなく実在するだろう
とする信念から構成される錯綜した世界構造

その責任を「物自体」という妖怪に背負わせているとするなら
それは門違いってもんですよ

なーんて
ふとそんな戯言を
85黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/24(火)20:20:27 ID:vmD()
確率と統計

確率を経験的に根拠づけは統計によるわけです
サイコロの特定の目が出る確率は直感的には6分の1ですが
その判断の妥当性は事象の統計を取ることで確認できます

一方で統計という手法が有効に成立することの直接的な理由は
世界が確率に支配されていることによります
そうでなければ世界に統計も確率も存在しないでしょう

ところで統計というものが世界に成立することは
様々な特性の強度の間に非常に正確な関係性を生みます
たとえばですね
サイコロのそれぞれの目の種類だけ対応する固有の色を付けておく
このサイコロを莫大な数だけ集めて振る
個々のサイコロが示す色はだいたい振る度に異なるでしょうが
しかしこれを遠くから見れば、全体はいつも同じ色に見える
直観的にはそんな気がしませんか

世の中に見かけ上、決定論的な経験世界が認められるのは
莫大な確率的事象が統計的に現象として表現されるからなんです

もちろん、さらにメタな世界を空想することができます
しかし論理を信頼する限り、どこかに適当なキリが有るように思います
86黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/02/27(金)22:13:15 ID:qlO()
とあるアニメでセカンドインパクトなる用語がありますが
「セカンド・インフレーション」というのもあります

しかしこれ、パソコンで検索してもヒットしませんね
ビッグバン宇宙論で137億年前の宇宙開闢直後に起こったとされる大膨張
これを普通は「宇宙インフレーション」と呼ぶそうですが
これとは別に40億年前にも宇宙の膨張が加速したらしい
推定される観測結果がある
これを称してセカンド・インフレーションと呼ぶそうです
なんでも、生命の誕生時期と関係しているとかしないとか
夢のある話です
87黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/03(火)17:06:19 ID:7kg
世界をやりなおしても生命は生まれるか?

図書館に散歩に行った折りに、このような香ばしい表題の本を
見つけましたので借りて読んでみましたが
かような大問題にまともに取り組むなんてことが
そう簡単にできるはずがなく

でもまるっきりカスってわけでもありませんでしたよ
88黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/08(日)20:59:25 ID:Uqs
情報って実際のところ何のことだろう
ここしばらくそんなことを考えていましたが
いまだ正体つかめず
89黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/08(日)21:35:33 ID:Uqs
観察の理論負荷性は情報理論と折り合うのか

「観察の理論負荷性」それ自体を何らかの量として表現する手段が
あるならそれは可能ということになるのでしょうが、
観察の理論負荷性というのが実際のところ
「お、なるほどね」の状況で止まっている現状では
どうにもこうにも

それでも観察の理論負荷性は反駁し難いというか
捨てがたい魅力がありますね
一部の人間にとって哲学が麻薬のようである所以です
90黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/08(日)21:48:27 ID:Uqs
うろおぼえの伝聞で恐縮ですが、そんな現代哲学を待つまでもなく、
アインシュタインは「観測内容は理論に依存する」ことを喝破し
それをボーアとハイゼンベルグに伝えた、そんな話をたしかに
どこかで読んだ記憶があるのですが、それがどこにあったのか
思い出せないし見つからない

とにかくその助言に励まされてボーアらは量子力学を推進しますが
当のアインシュタインが敵に回っちゃって、ボーアらにしてみたら
どないやねんという感じだったのかもしれません
91黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/08(日)22:17:35 ID:Uqs
言語や常識をメタに分析しようとしますと、たいていの哲学者は
「言語化される以前の未分化な精神状態とか現象そのもの」に“たち戻って”
そこで感覚を集中させることで何かをほじりだそうとするわけです
そのやり方が間違っているとは決して言えないのですが
しかし正しいとする根拠も無い

しかも「立ち戻る」と言えば、その響きでなんとなく納得してしまいますが
「立ち戻る」という表現によって各個人に成立する価値や意義
その価値や意義に見合うだけの行為であることの根拠も、実は無い

それでもそのやり方にこだわってしまう
きっとそれには理由があるからなんでしょうが
おそろしいことです
92黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/14(土)21:16:14 ID:v99
将棋の電王戦を少しだけ見てましたが
人間のプロが勝ってました

将棋なんて81マスの箱庭で、単純なルールに沿って
パチパチするだけの超限定された作業で争うゲームですのに
もはや異次元の計算能力を備えた現代のコンピュータさまがですよ
いかにプロ棋士であるとはいえ一人の人間に勝てないとか、わけ分かりません
こんな体たらくで、人工知能が遠からず人間の存在を脅かすとか
ちょっと夢見過ぎではないのか、なんて思いますが、どうなんでしょう

将棋で人間がコンピュータと張り合うことができているいる理由は
将棋で勝つための方法論が理論化されていないからのように
思います

方法論が確定している状況では、現代のコンピュータは
人間など相手にしないほどの圧倒的な能力がありますが
方法論を自分で確立できるだけの能力は原理的に無いのか
それとも経験が足らないだけなのか

経験をまさしく経験とできるだけの能力が果たしてあるのか
コンピュータが莫大な量の過去の棋譜を覚えていることが
そのデータ量に見合うだけの棋力をコンピュータが備えることに
果たして効率的に寄与しているのだろうか

なんとなくそんなことを
93黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/20(金)20:24:10 ID:JUn
アカギの武器は様相論理か

なんて思ったり
94黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/20(金)20:36:25 ID:JUn
哲学みたいなもんを掲示板で議論しますと
まるで話が噛み合わないことが多いわけですが
同床異夢と言いますか、そもそもお互いに見当外れなことを
考えているわけで

議論が心地よい空気で満たされる、そんな状況に
なったとしても、それはのんきな勘違いなのでしょう

ソクラテスクラスの達人がいればひょっとして別なんですかね
95黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/20(金)21:19:26 ID:JUn
合理的に考えることが自然に裏切られることが無い
だから誰もが合理的な思考を磨く

他人が「ある合理的な思考」を行うだろうことを信頼することで
その信頼される限りの合理性の範囲で、論理による勝負が可能となる
たぶんこれが「暗黙のルール」というもの

しかしそれを破って話を際限なくメタにしてしまう馬鹿がいる
もう論理によって勝負を決定することなど不能
まあ、わたしもよくやる手ですけど

あ、でも哲学なんて所詮はメタの取り合いか
センス次第ではそれが心地良いのかな
96黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/20(金)21:33:44 ID:JUn
アカギって奴は、相手の合理的思考の際を見切って
その裏をかくマジシャンなんでしょうけど

相手の心を利用しようとするなら、自身がその心と無縁では
それは不可能な芸当であるはずで、アカギが人間的な心から
超越した何者かとして描かれているのは、どうにも嘘くさい

恐れを知らないものが恐怖を狙い打てるでしょうか
97黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/27(金)19:59:40 ID:c1m
記憶喪失になったぼくが見た世界

そんな表題の本をブックオフで見つけましたので
買って読んでみました

18歳のときに交通事故で記憶を失い
そのあとの人生を一からやり直さねばならなかった青年が
事故から12年経ってから書かれた手記です

現実の生活は家族を巻き込んでの地獄だったろうことが
書かれた内容からも窺い知れますが、表現が純真というか爽やかで
詩的でもあり哲学的でもあり、楽しく読ませます
98黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/27(金)20:19:03 ID:c1m
「私がこの私であること」を支えているのは何だと思いますか?
魂でしょうか、それとも記憶でしょうか
わたしはちがうように思います

いまこの瞬間に開闢している意識と
いまこの瞬間のこの肉体とが繋がっていることが認識される

無条件に必要なのはそれだけです
あとは論理によってこの肉体の来歴などを理解することで
連鎖的に「了解」される

論理や理解には記憶が必要だろうがjk
と言われればそうですねハイ
99黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/03/27(金)20:37:11 ID:c1m
先述した記憶喪失の青年は、事故の前の18年間の記憶を
いまもって取り戻してはいないようです
その後の12年間の記憶だけが、彼の人格を表現するための
素材となっているわけです

記憶に無い18年間は自分ではないのか
それとも自分なのか

何を優先するかによって判断は異なってしまう
そんな感じでしょうか

どうも締まらない話ですいません
100黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/04/04(土)19:44:04 ID:tio
現象

現象という言葉は小学生でも知っているわけで
わたしも何の不都合も無く何十年の間、日常的に使うことが
できていたわけです
ところが哲学で「現象」という言葉に出くわしますと
どうにも気持ち悪いことになってしまうわけです

現象学での現象の内容を、日常でで使うことは、まずありません
普通に現象と言えば例えば発光とか燃焼とか、モノやコト、
場合によっては人間の振る舞いなんかを表現するときに、
それを現象と呼ぶわけです
現象を「この意識」や「この感覚」と等価に扱うのは哲学ぐらいのもんです
心理学や認知科学でも、「この意識」のことは棚に上げ
すでに当たりまえのように一般化されたものとして扱っているように思えます

この哲学特有の問題意識は、何かしら大事なことなんでしょうか
つまり、「この意識」のありようについて反省の目を向けるなら
独断を避けることが可能となるのでしょうか
101黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/04/04(土)20:08:20 ID:tio
あなたが理解する一切は意識現象でしかない、とか説いても
大半の子供はなんのこっちゃ分かりません
つまり哲学の問題意識というのは、発達段階あるいは
経験値に依存しているように思えますが、それでも
大抵の人が不思議にもそのうち分かるようになります

しかしそのような問題意識が発生しないとしても
生存のために不利になるとか、そんなことは恐らくありません

ひょっとすると大きな勘違いというか、数千年に渡る巧妙なペテン
空前の夢物語、とんだ茶番

そうであって欲しいような欲しくないような
もしそうであっても、暇になれば潮干狩りをするのですが
102黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/04/11(土)19:22:44 ID:7ZS
四月には人事異動なんかがあったりします
103黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/04/11(土)19:26:50 ID:7ZS
慣れた職場から離れるのは寂しい気もしますが
根が飽き性なので、ちょうど良かったか
104黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/04/11(土)19:28:20 ID:7ZS
どうも頭が回りませんので
つぶやくことしかできません
105黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/05/06(水)23:15:03 ID:7R4
動かない機械は動かない
動く機械は動く

動く理由は、動かない理由が無いことに尽きる
106黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/05/11(月)18:10:50 ID:htO
仕事休みの良い天気でしたので
久しぶりに親父の墓参りなんかに行ってみましたが
その帰り道、若くて純朴そうな女性がいきなり横から
「すいません」と言ってきたので、根が親切な私は
つい立ち止まってしまいもした(薩摩ふう

話を聞くと、果物を買ってくれってー話で
見ると何だかへんてこりんな、グレープフルーツかこれ
断るのも面倒になり、相手の笑顔に負けて1個買ってしまいました
値段は210円でおました

帰って調べたら、最近流行りのキャッチセールスらしいです
地道なのか狡猾なのかよく分からん不思議な商売があるもんです

いま食ってみましたが、思いの外、なかなかいける
ちょっとうれしい誤算
107黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/05/17(日)17:36:41 ID:nhb
「カラスは黒い」は帰納なのか

ヒュームとかいうおっさんが2ch界隈では大人気で
たぶんカントとウィトゲンシュタインの次ぐらいに名前が
よく出ているように思います
私は不勉強で、この人の書いた物を読んだことはありませんが
普通に言われてるのは、帰納を否定した人として有名なのだそうで

帰納なんてのは錯覚に過ぎない
今日まで太陽は昇ったが、明日は昇らないかもしれない
明日太陽が昇ることの論理的な必然性はない

ですとさ

しかし明日、太陽が昇るような世界こそが論理を保証している
とは考えなかったのでしょうかね
これは「自然の斉一性によれば」ぐらいの生ぬるい話ではないわけです

「明日、太陽が昇る」という“落書き”が記号として成立する、
つまり論理を媒介として言語として機能する、そのために
明日も太陽が昇る“ような”世界が、そもそも前提なのです

なぜなら、「帰納を否定する」という底の浅いトリックを信用するならば
「明日、太陽が昇る」という落書きが、明日になったら
「今日は、太陽が昇らない」という意味になることも否定できないからです

哲学に限りませんが、自己破壊的な格言が世の中には受けるようです
108黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/05/18(月)18:26:32 ID:8Vh
デカルト、無用にして不確実  (by パスカル)

怖え・・・
109黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/06/03(水)19:01:41 ID:Igl
最近なんだか貧しい上昇志向に囚われてしまって
こんなことじゃ駄目ですね
もっとおおらかに生きたい
110黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/06/03(水)19:08:53 ID:Igl
以前に2chでエネルギー保存則について討論めいたことを
した記憶があるのですが、人によって「エネルギー」についての
認識の違いが著しく、まるで話が噛み合わないわけです

最近、省エネルギー法を勉強する機会があって、
省エネ法に於ける“エネルギー”の定義には太陽光や地熱は含まれないそうです
ウランも風力発電も含まれません

エネルギー、自由すぎる
111黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/06/12(金)19:08:50 ID:kOu
分析的判断と総合的判断

数学の証明は全てトートロジーだ、などとまことしやかに言われ
“教養人”に於いて、それは常識となっているかのようです
何年か前に2chで、幾何学の定理はトートロジーなどではありえない
とぶっちゃけたら、鼻で笑われました

最近たまにカントなんぞをちら読みしたりすることもあって
この大先生が「数学の諸命題は分析的ではない」なんて書いておりまして
少しばかり心強く感じているわけです
112黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/06/12(金)19:27:44 ID:kOu
幾何学の諸定理がトートロジーではない
そう私が判断した理由はですね
幾何学の公理は平面そのものではない、ということなんですが
何が言いたいか伝わりますかね・・・

幾何学では、図形を平面上で自由に移動させたり回転させたりして
それは「当該の目的に関して前提状況と同等である」ことを認めていく
そういった手続きを次々と続けることで証明したい事態にまで
状況を移していくわけです

もっと簡単に説明しますと
平面上で、角度とか線分を含む図形を移動させるのですが
移動させてしまったらもう元の図形ではないわけです
しかしそれは、当該の目的に対しては平面上で等価に移動させることができる
平面にはそのような性質がある
そのことは、公理には含まれていないわけです
公理以前の、世界のあり方そのもの
観念論的には、世界の捉え方そのもの
その背景情報が、証明の各段階に於いて暗黙的に加わることでこそ
証明という作業は可能となるだろう

そんな風に考えたわけです

こんな説明で納得する奴はおらんわな・・・w
113黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/06/12(金)20:01:19 ID:kOu
分析的判断といいますと
前提の中に結論の情報が含まれているような
そういった種類の証明を真だとする
そのような判断であるのだと思います

それはたとえば、
私は男子校の生徒である→ゆえに私は男である
のようなことでしょう
(まぁ、これも無条件に真だとも言えんか)

しかし三平方の定理が公理に含まれているかと言えば
とてもそんなことは言えない

カントは「7+5=12」という例によって、7と5という概念と
その和という概念だけからは、12という概念は導けない
そんなことを書いています
たぶんカントは、数式の背景にある、この計算を可能とする
情報の源泉を見たのでしょう
そこから引き出される情報は、ア・プリオリな総合的判断によるものだ、と

なかなかやるな、カントくん
と感心したわけですが・・・

しかしどうやらこの洞察も近代数学では落ち目というか、「違う」と判断されて
部屋の隅に追いやられ、消えていく運命であるようです
114黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/07/01(水)19:41:17 ID:zI2
世間様に遅れること2年、「舟を編む」なんかを読んでみました

国語事典を作る人々を巡るお話ですが
ほのぼのとして、まあまあ面白かったかな
しかし最近の作家さんは、楽しく読ませるのが
みんな上手いですね
115裏表のある素敵な人@拓の月◆E//cc.nDwU :2015/08/16(日)21:07:59 ID:ick
こんなところに良スレが
116黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/08/20(木)21:03:22 ID:VAu
そう言われても何も出てこないわけだがな

からっぽで
117黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/08/20(木)21:12:06 ID:VAu
そもそも哲学というのは何なのでしょう
その本当のところは分からないのですが
実際やっていることは「勝ち負け」です
では何を求めての勝負なのか
真理?  いやぁ。。
118黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/08/20(木)21:30:05 ID:VAu
何年か前は、どこまで思考に潜れるか、みたいなことに情熱があったのです
そこにはだれも見たことのない世界の仕組みがある

だけどそれを拾ってきても、やっぱり誰にもそれは見えない
誰にも見えないということは、真理ではないということ
119黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/08/20(木)21:37:24 ID:VAu
世界最強の頭脳を持つ二人の哲学者が討論をやっている
その内容は周りの誰にも理解できない
しかし当人同士では話が通じている様子
このとき果たして、彼らは意味のあることをやっているのでしょうか

それとも、「彼ら二人だけにしか理解できない」という事態は
そもそも起こりえないのでしょうか
真理には、それだけの力が保証されているのでしょうか
120黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/08/20(木)22:11:31 ID:VAu
~世界に真理が無くても言葉は成立するか~

わたしは、「何が真理か」については分からなくても世界が成立している以上、
真理が存在することは自明だろう、と素朴に思っていたのです
そうとしか思えないわけです

そうでなければ、混沌が混沌のまま、世界と真理がそれとして
その都度、偶然に現れることになる
ばかばかしすぎる

だが待て
真理も世界も所詮は言葉でしかないのだから
言葉が成立する限りのことでしかない、そのことに、真理による保証が
果たして必要だろうか
そもそも、その真理には内容を与えることができないではないか
そのような宙に浮いた話は、わたしが最も毛嫌いし、攻撃してきたことのはず

それとも、内容が無いことは、意味のあることなのか
つまり内容を説明できない言葉は、実際には運用され
力を持ち、人の振る舞いを制御できる、
ひょっとすると、そのようなことがそもそも世界なのではないのか
121黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/08/29(土)01:00:05 ID:PDr
ウィトゲンシュタイン vs ポパー

そんな題名の本を読みました
怪獣どうしが戦ったらどっちが強いんだ
そういう話が世間に受ける
これはまちがいない
122黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/08/29(土)01:32:00 ID:PDr
わたしはウィトゲンシュタインのことはあまり知りませんが
ポパーはもっと知らない

にもかかわらず私の思考傾向が、明らかにウィトゲンシュタインの
影響下にあるだろうことは、自覚的に感じることができます
それは、脳科学とか認知科学やらが、ウィトゲンシュタインのアイデアを
取り込んでおり、それが科学的な常識となり、空気となり、
どしろうとの私の思考にも影響してくるからです

ウィトゲンシュタインのアイデアとは、「言語ゲーム」という
“言葉を発明したこと”に尽きます
この人より先に、似たような境地を捉えていた人はいたのでしょうけど
言語ゲームというネーミングと、その概念を巡っての彼の思考が
抜群にセンス良いわけです

一方で「論理哲学論考」が現代の学術に対して影響を与えているとは
とうてい感じられません
あの本の内容というか、
「ウィトゲンシュタインが伝えたかったウィトゲンシュタインの見えたもの」
が分かるひとは、たぶん世の中にいないでしょう
123黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/08/29(土)01:44:14 ID:PDr
ちなみに、>>121で紹介した本は、わたしのような「事情に疎い輩」なら
買って損はないかもしれませんが、ひりひりするような思考の激突を
期待しても、まったく肩すかしをくらいますので
124黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/11/05(木)16:11:51 ID:Hqh
今年の国家資格は全敗

もう人生に残された時間は少ないってのに
しょうがないですねぇ
125黄檗◆xOLbFG9QNU :2015/11/05(木)20:05:54 ID:Hqh
ちょっと哲学ごっこでもしようかと思ったが
なんかもう無理ですね

説明というのは、どれだけのことが可能なのでしょうね
たとえば、足し算引き算の話から、まさに説明だけの力によって
微分方程式までの話を積み上げて理解させることが可能でしょうか

できるわけがない
126黄檗◆6QFzLvDxY2 :2016/08/27(土)17:47:26 ID:Rhr
まぐれでエネルギー管理士に通りそうです
しかしもう仕事休みたいね
旅に出ようかしら
127黄檗◆6QFzLvDxY2 :2016/08/27(土)17:56:18 ID:Rhr
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

最近はほとんど本を読まないのですが
以前から気になっていたテーマでしたので
思わず買ってしまいました。

“見るのに目は必要でない”

そうですよね、やっぱり。
128黄檗◆6QFzLvDxY2 :2016/09/11(日)04:57:23 ID:2ig
サイモン・シンの暗号解読には、いろいろ面白い話が書いてありますが
そこで紹介されている解読作業というものは結局のところ
未知の記号羅列を既知の言語記号に対照させていく
全てそのような作業です
つまり暗号が意味を持つためには、言葉という活動が意味を表現している
ということが前提なのです

では言葉が意味を表現するのはどうしてなのでしょうか
記号の配列パターンそのものには、意味を生み出す作用などありません
しかし記号とその配列パターンが結果として、犬でも猫でもない我々の前に限り、
論理を照らし出し、論理を通して世界が見えるのです

ところが論理そのものの成り立ちは言葉では説明されません
「論理は主観や慣習の産物である」などという念仏は単に、
「納得しやすい思いつき」に過ぎませんし、何も言っていないのと
同じことです
なぜなら、その主観や慣習が「何であるか」どころか、それらが
論理の源泉であるためには「どのようであるべきか」すら全く分からないのです
そもそも何かを説明するためには無条件に論理を使うしかないからです

論理とはいったいなにごとなのでしょうか
概念成立の活動一般でしょうか、カテゴリー機能でしょうか
もし論理がそのようなものとしてしか説明できないのであれば、
論理によって宇宙人に何かを説明することは、不可能です

論理を普遍とするための機械、つまりそれ自身が意味であるような
そんなおもちゃが要るでしょう
ばかばかしいと思いますか?
しかし人間も、おもちゃみたいなものですよ
129黄檗◆6QFzLvDxY2 :2016/09/18(日)18:57:04 ID:pr1
~現在という“現象”は、どうして観測されないのか~

「客観的な現在」つまり「物理的な現在」というようなものが
果たしてあるのでしょうか
少なくない数の科学者が、「現在とは意識が作りだしたものだ」とか
「脳が作り出す“今”という虚構だ」とか、無責任に言い放ちますが
では、どのような物理的過程によって脳あるいは意識が今を作り出すのか
と問われたら、まともに答えられる人は世界中に一人もいません
驚くべきことです

物理的過程には時制がありません
物理で扱う「ある時刻t」が一秒前なのか100年前なのか、そして今なのか
そんなことは問題にしないのです
物理は現在とは何であるかについて、見事に無視します

一方で、「今しか無いよ」と言い出す哲学愛好家も少なからず存在します
過去は実在しないし、時間は観念が作りだした虚構である、というわけです
彼らの言う「いま」とは何のことでしょうか?
所与としての「いまここ」?
そりゃあまあ、そうなんでしょうけど、それは何一つ説明しないのです
つまり、「現在だけがある」ことを認めない人に対しては、一切の説得能力が無いのです
彼らにできることは「分かってないなあ」という寂しげな遠吠えだけです
「いや分かってますよ」という反論は、彼らの心には届きません
なぜなら、そこに論理が働く仕掛けが無いからです
現在中心主義を主張するなら、過去という“虚構”がどうやって構成されるのか
示さねばならないはずですが、それを試みたところで無能をさらけ出すだけです
それが怖いので、誰もやろうとはしないのです

私は、現在を覗くことができるでしょうか
130黄檗◆xOLbFG9QNU :2016/10/01(土)20:46:33 ID:Xs7
パラドクスは論理によるものであり
自然には矛盾もパラドクスも無い

・・・などと、どうして独断できるのか
根拠不明ですね

むしろ矛盾とパラドクスを研究することで
自然の本質も見えてくるはず
そう考えるのが“自然”です

なぜなら、我々は、論理がどうしてこのようにあるのかすら
知らないからです

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