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比較神話学スレ

65名無しさん@おーぷん :2016/09/28(水)19:05:17 ID:zBF
【イシン・ラルサ時代】

・ウル第三王朝滅亡後、BC2025年頃アムル人ラルサ王朝樹立。BC1763年頃ハンムラビがメソポタミア統一。

・最南部ウル近郊にラルサ王朝、西北ニップール近郊にイシン王朝。

・イシン王朝5代目リピト・イシュタル法典は100年後のハンムラビ法典、BC2100年頃のウルナンム法典、
BC1830年頃のビララーマ法典と共にメソポタミア法制史の発展を知る文献となっている。

・イビシン治世に砂漠地帯からバビロニアに侵入してきたアムル人族長ナプラヌム(BC2025年~BC2005年)がラルサ王朝樹立。

・グングヌム治世にラルサが勃興開始。リピト・イシュタル王からウルを奪取。ラルサとイシンの闘争開始。

・イシン王朝で内紛が発生し王朝が交替。イシュビ・イラ血統外の王ウルニヌルタ(BC1923年~BC1896年)が即位。
リピト・イシュタル王家はラルサに逃亡と推察。ラルサ王グングヌムは「シュメール・アッカド王」の称号を得る。

・グングヌムの後継者アブイサレ(BC1905年~BC1895年)がウルニヌルタを弑逆。

・アブ・サレの後継者スム・エル(BC1894年~BC1866年)がイシン服属のキシュを攻略。宗教都市バビロンがキシュを奪取。
バビロンの都市名=バブ・イル(神の門)に由来。ヘブライ語のバベルに派生。
アッカド王サルゴンは征服時に宗教都市として神聖さを留意。シャル・カリ・シャッリ王時代にバビロン神殿の基礎を築く。
ウル第三王朝支配下ではエサラギ神殿の存在が知られていたが、アムル人の侵入により宗教都市から政治都市へ変貌。

・アムル人首長スムアブムがBC1894年頃に即位しバビロン第一王朝を建立。
ラルサ王スム・エルからキシュを奪取。カザルでは撃退されて前進を阻止される。

・次代のスムラエル王はキシュを再征服しカザルを占領。シッパルを服属させ要塞都市とする(BC1855年)。

・ラルサ王スム・エルの後継者ヌル・アダド(BC1865年~BC1850年)の治世に洪水が起こる。
次代のシン・イディナム王まで修復が続く。支配下のウル、エリドゥも修復。イシン王エンリル・バニからニップールを奪取。
その後バビロン、エシュヌンナと交戦し勝利する。シン・イディナム王はシャマシュ神殿で落石により死亡。

・次代のシン・エリバム王(BC1842年~BC1841年)、シン・イキシャム(BC1840年~1836年)、ツィリ・アダド(BC1835年)が順次即位。
東のエラムやイシンと領域を争い、イシンとはニップールの奪取を繰り返す。北部カザルがシン・イキシャムの死後ラルサを急襲。

・イシン王朝はウル・ヌヌルタ王の死後、息子のブル・シン(BC1895年~BC1874年)が即位。
ラルサからウルを奪取するも一年未満で奪還される。
息子リピト・エンリル(BC1873年~BC1869年)の治世にニップールもラルサ王スム・エルに奪還される。
次代のイルラ・イミッティ王(BC1868年~BC1861年)の治世にニップールを奪還。

・イルラ・イミッティ王の治世時:

『エヌマ・エリシュ神話』で主役のニップール神エンリルがバビロン覇権によりマルドゥク神に変更される。
イシン王朝の勝利神の新春記念祭礼=新年祭がバビロン王朝に引き継がれる。
イルラ・イミッティ王8年目新年祭の時に庭園師エンリル・バニが「偽王の日」に王位に就いたが
当日イルラ・イミッティが死にそのまま王座に就き支配権を確立。その後ラルサ王シン・イディナムにニップールを奪還される。

・シン・イディナムの死後、独立を回復し次代のザンビア王(BC1836年~BC1834年)がニップールを奪還。ラルサと再争。
次代のイテル・ピシャ(BC1833年~BC1831年)、ウル・ドゥクガ(BC1830年~BC1828年)、
シン・マギル(BC1827年~BC1817年)が順次イシン王朝を統治するもラルサと共に衰退する。
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