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比較神話学スレ

63名無しさん@おーぷん :2016/09/28(水)18:01:44 ID:zBF

【アラビアの民族移動】

・ティグリス・ユーフラテス最南部シュメールと北西アッカドが後にバビロニアとなる。

・バビロニア北西のメソポタミア上流高地がアッシリアとなる。

・シュメール人は北西部アッカド人、アッシリア人、アムル人などのセム系諸民族(イスラエル族含む)に滅ぼされる。

・セム系遊牧民族(イスラエル族含む)の原住地は北部・中部アラビアとされる。

・アラビアの余剰人口が外部=北方へ移動。エジプト、シリア、メソポタミア沃地を目指す。

①BC3500年~BC3000年

エジプト方面へ移動。アムラ文化期のハム族と融合。ゲルゼ期文化となり初期エジプト王国文明の基礎をなす。

②BC2500年~BC2300年

「古アムル(アモル)集群」と呼ばれる。セム人がシュメール人世界を支配。
BC2315年頃、ウンマ王ルガルザギシを倒しシュメール・アッカド王サルゴンが権力を確立。

③BC2100年~BC1700年

「アムル、カナン集群」が三日月沃地に侵入。
BC2000年頃、アムル(西の国の意)人がウル第三王朝を倒しシュメール・アッカドを征服。バビロンが覇者となる。
カナン人はレバノン地方に辿り着きのちに海洋民族フェニキア人(アルファベットを考案)の租となる。
パレスチナにも侵入し先住民の地位を確立。

④BC1500年~BC1200年

「アラム集群」がシリア・メソポタミアの大半域を再セム族化。
『申命記26-5』:「私の先祖は流離のアラムびとでありました」=ヘブライ人=アラム集群の一支脈と推定される。
パレスチナに定住。ユダヤ教唯一神の観念を提示。キリスト教、イスラム教の母胎となる。
アラム集群はBC900年頃までシリア・メソポタミアを制圧するが、鉄製武器のアッシリア、バビロニアに滅ぼされる。

⑤BC850年~BC500年頃

「アラビア集群」ナバタエ人がBC500年頃、シナイ半島北東部に定住。AD700年「イスラム大移動」に繋がる。

⑥AD700年

メッカ生まれのマホメット(ムハンマド:AD570年~632年)が多神教アラブ世界に唯一神アッラーのイスラーム教を確立。
マホメット後継者=ハリーファ(カリフ)たち1代目アブー・バクル、2代目ウマル・イブヌール・ハッターブ、
3代目ウスマーン・ブヌ・アッファーン、4代目アリーなどによりオリエント全体にイスラーム教を及ぼす。
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