携帯で見る

日本史@おーぷん2ちゃんねる

ローカルルールの議論・経過についてはwiki
おーぷん初心者はよくある質問と回答を見てね
板一覧 | ヘッドライン | ランキング | 履歴

設定
レス順 | 作成順   
1: 客観的に憲法今まで改正なしって凄くね (19) 2: おまいらとっておきの日本史の知識教えてくれ (91) 3: 南進論選んだ大日本帝国www (239) 4: 後北条氏時代の江戸 (8) 5: 【幕藩体制】江戸幕府その1【徳川氏】 (222) 6: 官位について語るスレ (40) 7: 日本史雑談スレ (376) 8: 【源氏】鎌倉幕府part1【北条氏】 (11) 9: 継体天皇について執拗に語ろう (16) 10:朝鮮併合は必要だったか否か? (36) 11:判官びいきされている日本史上の人物 (9) 12:なぜ日本は滅びなかったのか (23) 13:山本五十六の評価 (24) 14:梶原景時がいなかったら鎌倉幕府安泰説 (4) 15:北条が秀吉に臣従してたら (60) 16:残っていたらいいなと考える史料 (9) 17:明治天皇の子孫について (6) 18:おっさんのやり直し日本史を生暖かく見守るスレ (301) 19:【急募】関ヶ原〜大阪冬の陣夏の陣に詳しい人 (4) 20:太平洋戦争までを簡単に (4) 21:歴史学科に入学が決まった無知な俺におすすめの歴史本教えてくれ (16) 22:任那日本府についてのんびり語ろう (17) 23:日本史テスト単語まとめ (25) 24:狗奴国に自信ニキ (14) 25:北条時行「どうすりゃいいんだ」 (1) 26:阿衡の紛議ってさ (3) 27:藤原氏で最も優秀だったのは誰か (5) 28:日本の「海賊・湖賊・水軍」などに関して大雑把に語ろう (11) 29:神武天皇と日向三代【神武東征】 (50) 30:【皇国史観】日本の起源を語ろう【戦後史学】 (12) 31:ゆるーく日本史を語るスレ (3) 32:【高校日本史】 因果関係を明確にした学習整理 (3) 33:【賤】穢多・非人・番太・山窩について語ろう【民】 (15) 34:戦国時代初期が好きな奴おるんか? (9) 35:この人何した人ですか? (2) 36:★__ 【幕末】日本史上最悪の大罪【長州】 __ (10) 37:_  【錦の陣羽織】会津藩vs長州藩【錦の御旗】  _ (17) 38:後白河法皇を追憶するスレッド (10) 39:古代史に登場する神社仏閣や地名の今 (16) 40:纒向遺跡(纏向遺跡・巻向遺跡)について語ろう (10) 41:院政についてのんびり語ろう (6) 42:岩倉具視卿の生涯を振り返るスレ (15) 43:復興!周王室(天子)!倭人は呉の末裔か!?vol.6 (10) 44:雄略天皇【武】  (11) 45:古代の豪族 (18) 46:歴代将軍で一番優秀だった人 (7) 47:【花の御所】室町幕府スレ1【足利氏】 (8) 48:【神話】出雲と大和【歴史】 (20) 49:喜連川藩(徳川家の臣下だったのかどうか判然としない) (14) 50:日本史上の人物の趣味・特技を語るスレ (39) 51:織豊政権の兵農分離は本当に優れものだったか? (7) 52:戦国時代にキリスト教の代わりにイスラム教が伝来していたら (24) 53:日本は世界で最も成功した社会主義国って本当? (28) 54:宗氏(対馬島主)および対馬の歴史 (34) 55:福岡の歴史好きに質問なんだが (20) 56:平安時代について語ろう (10) 57:【平城京】奈良時代について語るスレ【天平文化】 (2) 58:俺の先祖が結構有名な武士だった (12) 59:【讃岐・阿波】四国の歴史スッドレ【伊予・土佐】 (21) 60:日本史の名言、名シーン、名台詞をあげるスレ (22) 61:「高天原実在説」をとる人がその所在地を推測するスレ (27) 62:戦国時代の大阪の武将を語るスレ (14) 63:交野市の歴史について語ろうぜ! (25) 64:お前らが伊達政宗について色々俺に教えるスレ (19) 65:江戸時代の里子と家の関係 (2) 66:クレクレ厨のモアモアプリーズについて (6) 67:足利義教公 (16) 68:【婆娑羅】佐々木道誉part1【大名】 (2) 69:幕末を除く江戸時代の「朝幕関係」について語ろう (1) 70:CHAGEandASKAについて語るスレ (14) 71:◆この板の自治雑談質問相談投票スレ立て依頼総合★1 (6)  
スレッド一覧   過去ログ   ごみ箱(仮)

【1:19】客観的に憲法今まで改正なしって凄くね
1名無しさん@おーぷん:2017/08/21(月)12:38:59 ID:hT9
よく考えてみても革新派が、憲法維持したいとか異常だわ



10名無しさん@おーぷん:2017/08/25(金)16:51:09 ID:Ubq
>>7
>朝鮮戦争すら、北の侵略ではなくアメリカの陰謀っていう北の言い分が普通にとおっていた時代だったということを認識すべき。

その一方、一般常識として、ソ連という国は、

【日本が負けそうになったら、日ソ中立条約を破って日本に侵略してきた卑怯者】

【満州、朝鮮、北方領土を奪い、日本人をシベリア抑留して何万人も殺し謝罪もしない極悪民族】

という認識は日本人全てに普遍的に存在した。
戦前はソ連の支援を受けていた 日 本 共 産 党 ですら、
日本人の反ソ感情に抗する事は出来ず、ソ連共産党と喧嘩別れして絶縁している。
(その後は文化大革命に狂奔する中国共産党とも絶縁して「独自路線」を歩んでいる事は有名であるし、未だに南樺太も全千島列島も「日本固有の領土」としている)

それに、勘違いも甚だしいのだが、1960年までの日本人は、大多数が「憲法改正支持」だったのだ。
社会党は「護憲」では票にならなかった。(今でもそうかも知れないが)
福祉とか所得の平等と言った社会主義政策の方が日本人に受けたのである。

しかし、1960年にとんでもない【国賊】【売国奴】が、自民党の中に現れる。
【安倍晋三の祖父】、岸信介である。

岸は、日本人の大多数が望んでいた【憲法改正】ではなく、より一層アメリカへの依存心を高めるだけでしかない【日米安保改正】の方を選んだ。

実は、1957年に、ソ連が北方領土の中の一島、貝殻島に軍隊を上陸させた際、「日米安保」を結んでいたはずのアメリカ軍は一兵も動かさなかった。
これには右も左も多くの日本国民が激怒。
「アメリカは全く信頼出来ないから、さっさと憲法を正常化してソ連の侵略に備えよ!」
とする声が大盛り上がりしていた頃だったのだ。

岸はそんな国民の声を無視、アメリカに依存心を深める【日米安保改正】なんて方に拘った。
今となって解った事だが、岸は「アメリカのスパイ」だったのだ。
東京裁判に訴追されない為に、アメリカのスパイとなる事は約束した人物だったのである。
そんな岸は、憲法改正の機運を雲散霧消させる為に、そして貝殻島の一件で信用を喪失したアメリカの為に日米安保に拘って、憲法改正機運を摩滅させたとしか言えない。

当然の事ながら、右も左も【日米安保改正】なんかに取り組む岸を猛批判した。
左がアメリカ批判の一環で日米安保を批判するのは当然だが、当時は「右」も日米安保やアメリカを批判していたのだ。
「反米右翼」「反米保守」こそが正常であり、「親米右翼」なんてのは赤尾敏の大日本愛国党くらいの【異端】であった。

11名無しさん@おーぷん:2017/08/25(金)16:51:14 ID:Ubq

考えてみれば当たり前の話で、
【つい15年前】、
日本中を無差別爆撃し、海上封鎖し、原爆を落としたのがアメリカであった。

戦後は戦後で、勝手に憲法を作り替えられ、不敬罪は廃止され、
アメリカに都合の悪い人間は片っ端から「公職追放」された一方、共産主義者は「凱旋将軍の如く」仕立てられて釈放したのがアメリカであった。

更に付け加えて言えば、アメリカ本国に帰ったマッカーサーが、アメリカの国会での証言で、
「日本人なんぞ13歳のガキ」呼ばわりした事も当時の人間は誰でも知っていた。

こんなアメリカに好意など感じる訳も無い。
「60年安保闘争」は、右翼と左翼が仲良く手を取り合って、岸信介という【アメリカのスパイ】と戦ったのである。
岸は日米安保を結んでさっさと辞任、その後の池田勇人は、
「憲法改正なんぞより経済優先」とかほざいて、完全に憲法改正機運を押しつぶしてしまったのだ。

憲法改正が出来なかったのは【自民党の怠慢】の責任というのは、何万回指摘してもしすぎる事は無い。

12名無しさん@おーぷん:2017/08/25(金)16:51:48 ID:Ubq
>理想を言っても、実現しなければイヌの糞だよ。

つまり、あなたは55年体制以来の自民党の歴史を全否定するのですかw

13名無しさん@おーぷん:2017/08/25(金)17:02:57 ID:Ubq
>>8
それも違うな。
日本国憲法は、アメリカによる【占領統治法】だったのだ。
GHQ統治時代の日本と言えば、アメリカが国防を代行するのが当然だったので、
「軍隊を持たない、国の交戦権は認めない」という内容で当たり前。

逆に言えば、【占領統治法】を70年経っても改正しなかった日本人の方が異常なのだ。
本来だったらサンフランシスコ講和条約の時点で廃棄されるべきゴミだった。

しかし、それに猛反対したのが【吉田茂】。
吉田は戦時中、軍部に迫害されたというルサンチマンを抱えており、
また、当時の軍部が社会主義とかナチスドイツ、ソ連などに狂ったように心酔していた姿を見て、
『再び日本に軍隊を持たせたら、そっくりそのままソ連の手先に変貌するのではないか』
と警戒して、日本の軍備は最小限にし、アメリカ軍の占領統治を継続するよう求める日米安保条約を結んできたのである。

つまり、吉田茂は「日本軍よりも米軍の方が信用出来る」と考えていたのだ。
確かに、515事件や226事件、三月事件や十月事件を繰り返すような「日本軍」よりは信用出来ると考えても無理は無いが。
それに、21世紀の今でも、明らかに「中国の主張の代弁者」と化している自衛隊出身の「軍事評論家」が居たり、
中国人の何らかの血縁関係に在る人物が自衛隊になっていたりするので(妻とか片親が中国人とか)
吉田茂の心配もあながち「杞憂」の一言では片づけられないのが実状。

だが、結局アメリカ軍とて「トンキン湾事件」の自作自演でベトナム戦争介入を行うような陰謀国家だったし、
決して「綺麗な軍隊」などではなかったのであるが。

14名無しさん@おーぷん:2017/08/25(金)17:40:11 ID:6gw
>>13
それは9条だけ着目した見解だよ。全条文に込められた悪意というか仕掛けについて調べることを薦めるよ。

15名無しさん@おーぷん:2017/08/26(土)18:02:46 ID:IDb
>>14
昭和天皇は、今の憲法で満足だったようだが?
天皇条項が問題になった時なんかも、
「良いじゃないか。今までの歴史上でも天皇は象徴的存在だったのだし」
と仰ったそうだし。

むしろ大日本帝国憲法に書いてあったような、
軍隊を指揮する【大元帥陛下】なんてのがフィクションだよ。

そもそもあんなフィクションを定めてしまったからこそ、
【天皇の戦争責任】なんてのが問われるようになってしまった。
何せ、軍隊の最高指揮者は「天皇=大元帥陛下」って事になったんだから。
部下の軍部が何かしでかそう物なら、たちまち最高指揮官である天皇の責任が問われるのは当然の事。

大日本帝国憲法は、日本国憲法と比べて「良かった」と言う人も居るけど、
対して「良い」とは思わないね。

「押しつけ憲法」という意味でも、日本国憲法と同じだし。

小林よしのりが『大東亜論』で指摘したけど、
大日本帝国憲法は、民間が盛んに作っていた「私議憲法」を片っ端から無視して明治政府が「押しつけ」した憲法なんだよ。

美智子皇后が五日市憲法を高く評価した話は有名だけど、
日本の新しい憲法を考えるのであれば、
大日本帝国憲法だけじゃなく、民間人が全身全霊を打ち込んで作り上げた私議憲法をも参考にすべきだと思うね。

16名無しさん@おーぷん:2017/08/26(土)18:13:53 ID:IDb
なお、沖縄人にとっては一般常識だし、今でも沖縄人は恨んでいるようだが、
昭和天皇は沖縄を【売った】。
昭和天皇も吉田茂と同じく、
「日本に軍隊はいらない。持っても軽武装まで、国防は全面的にアメリカに頼るべし」
って考えであったらしい。

これまた当たり前の話で、
戦前、226事件の青年将校や、宮城事件の将校たちは、

『天皇陛下の御為に!』

と叫んでは、天皇の信頼する臣下を殺して回ったり、クーデター未遂を起こしまくっていた。

本土決戦用に用意されていた「松代大本営」とは、「天皇・皇后の為の刑務所」とでも言うべき施設であり、
当時の軍部の本音は、平和志向の天皇は邪魔だという認識であった。

昭和天皇自身、何度か当時の軍部の思い出を語っており、

「もしも私が堂々と戦争反対と言ったり、軍部の主張を天皇大権を使って退けたりなどすれば、首をちょん切られたか、死ぬまで精神病院に放り込まれただろう」

などと語っている。

こんな昭和天皇が、日本人による軍隊に対して不信感を抱くのも当然の事であり、
のちにアメリカ国務長官になったアレン・ダレスを通じてアメリカに、
「例え講和条約を結んだとしても、日本からアメリカ軍は出て行かないでほしい」
と懇願していた事が明らかになっている。

その担保として代わりに、沖縄をアメリカに【売った】のだと。
まあ、昭和天皇の意向など関係なしに、既に沖縄はアメリカの軍政統治下に在ったのであり、
昭和天皇の言葉は、その現状の承認と、
「でも、潜在的主権は日本に在る」
という事をアメリカに認めさせた=つまり日本は沖縄返還要求をする資格を有するという意味では画期的では在ったのだが…

17名無しさん@おーぷん:2017/08/26(土)20:56:56 ID:LpH
>>15
「昭和天皇は、今の憲法で満足だったようだが?」という話は、終戦の詔勅に
「朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ」あるようにと、ポツダム宣言受諾に当たって最低限の条件であった「国体護持」が確保されたことを言っているにすぎない。
つまり「君民共治」という国家形態が日本が世界の殆どの国々と異なる歴史伝統を持っていることを意味する。

ただ、103条の条文全体に流れるトーンはやはり日本破壊の自爆装置みたいなものであると言わざるをえない。
これを理解しない憲法論議なんて無意味でしょう。GHQというかソ連のスパイが仕掛けた爆弾をみずから温存する行為に他ならない。

昭和20年8月15日の「終戦の詔勅」、あれの中身をちゃんと読むと、当時の日本政府の立場、昭和天皇の思いが切実に感じられる名文だよ。

18名無しさん@おーぷん:2017/09/03(日)10:02:45 ID:flz
>>12
デタラメでも構わないから、改正されさえすれば良いなんてものじゃないんですけどね

19名無しさん@おーぷん:2017/10/26(木)18:32:44 ID:nKB
(戦前の)右翼思想と(戦後の)在日狐狸庵(含む帰化人)どもは我々を亡国フルスロットルに至らしめる二大業障だと思う。

名前: mail:

【2:91】おまいらとっておきの日本史の知識教えてくれ
1サボテン™◆OPENkphnk2:2015/06/25(木)21:38:30 ID:9TM
この板ならかなりマニアックな人たちが居るので聞きにきますた



82名無しさん@おーぷん:2015/08/12(水)23:56:09 ID:Fcp
>>81
ちなみに、海軍を騙したあの詐欺師、先に陸軍に話を持ちかけに行ったんだよね
でも陸軍では、さすがに水からガソリンができるなどとにわかに信じられず、
実験をさせてみても怪しげな所が多々有ったので「詐欺師」と断定して相手にしなかったの

海軍がそんな詐欺師を相手にして実験を行うと聞いて、
「そいつ詐欺師だから!ウチで行った実験結果を見せてやろうか?」
と親切にも提案してくれたにも関わらず、海軍は、
「余計なお世話だ!」とはねつけて実験を決行

結果的に大恥をかく始末となっている

83名無しさん@おーぷん:2015/08/13(木)00:07:18 ID:sfL
この手の陸海軍の対立は諸外国でもよく見られることだけど、
日本の場合「ムラ社会意識」も手伝ったのか、かなり酷かったみたい

陸軍「ドイツから最新式航空機と航空機用エンジン買ったぜぇ!」
海軍「陸軍に負けられるか!ウチもドイツに発注だ!」
ヒトラー「日本の陸海軍は敵同士かw」

陸軍「太平洋の島々の前線に補給してほしいんだけど」
海軍「制海権も制空権もないから無理」
陸軍「潜水艦使えば、敵に見つからないで補給できんじゃん」
海軍「そういう船じゃねーからこれ!そんなことより艦隊決戦したいんだけど!決戦!」
陸軍「てめえらの方から泣きついておきながら、前線の兵士を見殺しにすんのか、タコ!」
海軍「ああ、そこまで言うんなら、てめえらに潜水艦くれてやるから、てめえらで運用しやがれ!」
陸軍「うるせえ!こうなったら海軍の施しなんか受けるか!こっちはこっちで独自に潜水艦作るかんな!」

そんなこんなで、帝国陸軍は「補給用潜水艦」という、世にも珍しい存在を開発させましたとさ

http://dic.pixiv.net/a/%E3%81%BE%E3%82%8B%E3%82%86

84サボテン◆SABO.../FKpz:2015/08/15(土)16:01:02 ID:Go1
>>82
確かに陸軍と海軍仲があまりよろしくないっていうのは聞いたことがある
>>83
>ヒトラー「日本の陸海軍は敵同士かw」
これ好き

85名無しさん@おーぷん:2017/04/14(金)09:33:00 ID:F3K
>>77
夢野久作は「気違い小説家」ですぜ、旦那(褒め言葉)

本人はノンポリであったようだが、父親が政治マニアで、日本はおろか孫文の中国革命にすら援助しているような豪気な御仁。
自分の家の財産については全く無頓着だったようで、莫大な借金だけ残して他界してしまう。
当然、その借金は夢野久作の方に回っていき、久作は小説を書きながら必死に借金返済に取り組んだ。

そして何とかかんとか借金全額を返済し終え、その祝いとして編集者や取り立て人が集まって宴会をやろうという話になり、夢野久作がご挨拶。

「やっと終わりましたな、ご苦労さまでした。
いゃあ、これで・・・
あっはっはっ・・・」

と言って両手を挙げた瞬間、昏倒して死去。
脳溢血だったと言われる。享年47歳。残念。

なお、禅僧であり、陸軍の将校でもあり、詩人でもあり、郵便局長でもあったそうな。

86名無しさん@おーぷん:2017/06/28(水)13:02:47 ID:51X
>>69
http://tocana.jp/2017/01/post_11959_entry.html

今の地球は温暖化よりも寒冷化に向かってるって科学者も認め始めたな。
海流が一切何の影響も受けずに今まで通りに流れ続ける事を前提にした気候モデルとか、今までのバカ学者は一体何を考えてたのやら。
素人目でもそんな最悪な事態を想定しない気候モデルはおかしいと指摘するだろうに。

87サボテン◆ZZZZZZZZZZry:2017/10/15(日)17:43:34 ID:EIO
>>85
まるでそれが生きる理由だったかのようなコメントだなぁ

てかワーカーホリックだったんでしょうかねぇ、、、

88名無しさん@おーぷん:2017/10/23(月)03:59:11 ID:Tyo
いわゆる河内源氏の諱(いみな)に於ける二大〝通字〝な。
「頼」と「義」の二文字だ。
八幡太郎「義家」、賀茂二郎「義綱」、新羅三郎「義光」etc.etc.

(氏の長者)惣領的家督と言う定義で申すなら、
頼信ー頼義ー義家ー義親(勘当、廃嫡か?相続せず)
義忠ー為義ー義朝ー頼朝ー頼家ー實朝(頼家の弟)


「頼」と「義」のオンパレードだ。實朝は例外。
で、それを補助線として以下に考察する。

89名無しさん@おーぷん:2017/10/23(月)04:47:44 ID:Tyo
鎌倉太郎義朝の長子に悪源太義平がいる。
叔父の帯刀先生(たけわきぜんじょう)義賢を討った「義平」だ。彼の〝通字〝は「義」。
一方、その弟、頼朝の〝通字〝は「頼」であるが彼は同時に父、義朝の「朝」の字をも継承している。
この「朝」の文字は父、鎌倉太郎義朝の末弟、高名な鎮西八郎為朝の「朝」でもある。
頼朝の直ぐの兄、朝長も父、義朝の「朝」の文字を受け継いでいるが、諱(いみな)の二文字の両方が累代の〝通字〝であるのは頼朝だけだ。
さらに申すなら、鎌倉太郎義朝の長子、悪源太義平の官途の詳細が不明であるのに対し、三男、頼朝は13歳で既に右兵衛権佐に叙せられている。(次兄、朝長の中宮大夫よりも格上)。
これらの事実から、頼朝こそが幼少時から河内源氏為義流の嫡統中の嫡統として、中興の期待を一身に集めていた〝超貴種〝である事が分かるのである。

90名無しさん@おーぷん:2017/10/24(火)17:30:36 ID:OdQ
>高名な鎮西八郎為朝の「朝」でもある。

人気者であっても庶子である為朝が受け継いでいる時点で
そういった価値がないものと証明されているのでは?

91名無しさん@おーぷん:2017/10/24(火)20:12:56 ID:nc8
>>90

価値があったかどうかは、おれには分からんので何とも答えられん。
或いは、あんたの指摘通りかも知れない。
それはそれとして、ですな。今、ふと、オモタ。
為義は保元の乱以前に実質、隠居、家督譲渡を済ませていたとすれば、ですな。
次男、帯刀先生、義賢(木曾義仲の父)以外の庶子たちは形式的にもせよ、家督継承者、義朝の家来と言う事になる。
(帯刀先生は自立した独立勢力だったのだろう)
故に、鎮西八郎為朝の「朝」は氏の長者たる義朝の諱の下の文字を拝領すると言う意味あいだったのかも知れん。
とすれば、義朝以降、河内源氏為義流にとって「朝」の文字は嫡統と藩塀連枝の関係を示す重要な〝通字〝の意味を持つようになった、と考えられるんじゃね?

名前: mail:

【3:239】南進論選んだ大日本帝国wwwww
1名無しさん@おーぷん:2017/09/02(土)11:40:28 ID:feM
【天才】【北進論】大日本帝国陸軍 ➡︎ 
昭和16年7月7日 関東軍特種演習で85万の軍勢を展開。
ドイツ軍の作戦「タイフーン作戦に」合わせてソ連に宣戦布告する
予定だった、ドイツのヒトラーと外務大臣リッべントロップから矢
のような催促が日本に来ていた。日本の勝利条件はシベリア軍団を
5ヶ月ほど足止めするだけ
(その前提で昭和9年から満州に9つの要塞を建設、最大は虎頭要塞)

【馬鹿】【南進論】大日本帝国海軍 ➡︎
 昭和16年12月8日 真珠湾攻撃 日本の勝利条件 
連合軍に勝って降伏させること



230名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)10:53:14 ID:jym
>>228
キチガイが次から次と詭弁と嘘八百を垂れ流して必死だねw

>例えば今の日本国憲法は戦争という文字はありますが、戦争を目的として書かれていないのは明らかです

キチガイは何をほざいてんだ?
戦争を想定しているからこそ、九条や前文にその旨記載してあるんだろうが。
こいつには法律を語る資格が無い!

想定していないのであるなら、法律には「記載しない」のが常識なのだ。
戦争を想定しているからこそ条文によって「国家の方針」、もしくは「制限」が加えられているという事がさっぱり理解出来ていない馬鹿である!

>政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する

>日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、
>平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

「戦争を想定していない」のなら、こんな条文不要であるw

法律の世界では「法律に書いてない事は存在しない」が原則である。
どんなに道義的におかしかろうが法律にさえ則っていれば無罪放免なのが「法学」の概念である。
逆に言えば、法律に書いてあるという事は、きちんとその事について認識しており、
その上で国家はこうすると意思表示しているのが憲法とか法律という物なのだ。

大学で法学の授業を受けた事が無いのであろう。
いや、大学に入れるだけの知能レベルに達してないかw

>聴診器のゴム管を裂けば医療目的以外で利用できたよというようなものでしょう

そんな事はどこにも書いてないねw
お前が曲解してるだけ

「軍艦や航空機を動かすには石油が必要だろ」という話に、
「石油なんか無くてもゴムで飛ぶ」などとキチガイじみた反論をした馬鹿が居ただけの話だ。

空を飛びさえすれば良い訳じゃない、戦闘や爆撃が出来なければ話にならんのに。

231名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)10:56:29 ID:jym
>>228
で、キチガイ馬鹿はさっさと、
「無人のゴム飛行機で、ムスタングやB29を落とせたのか」
について答えれば?
ムスタングやB29を落とせない代物だったら無駄だからね?

大体、人間一人乗せられんのに、機銃や爆弾が乗せられるか!馬鹿が!

232名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)11:07:00 ID:jym
キチガイ馬鹿には、次の文章が、
『聴診器のゴム管を裂けば医療目的以外で利用できたよというようなもの』
と読めるらしい。
幼稚園から人生やり直すか精神病院行ってこい

>>59
>飛行機なんて人を乗せなきゃゴム動力で飛ぶんだよ
>飛行機なんて人を乗せなきゃゴム動力で飛ぶんだよ
>飛行機なんて人を乗せなきゃゴム動力で飛ぶんだよ
>飛行機なんて人を乗せなきゃゴム動力で飛ぶんだよ
>飛行機なんて人を乗せなきゃゴム動力で飛ぶんだよ

233名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)13:05:15 ID:jL8
>>230
>そもそもこのスレのテーマは戦争ではないだろう
と主張された事に反論しているあなたの主張は、
「このスレも日本国憲法も戦争を想定しているから戦争がテーマだ」ということでいいですか?
違うと否定せずに書き込んだ時点で両者の主張はこの通りだと確認したものとします

聴診器のゴム管の話なら>>66で出ているので、調べていればどうやって使ったかはわかっている筈です
調べてないことがこれで確定しましたね
目的外活用の実例として出されただけなので、ねじ曲げたゴムが復元する力で模型のプロペラが廻って進む事は言うまでもないですが、
話はゴムではないのでねじ曲げると進まなくなるだけですね

234名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)16:03:03 ID:jym
>>233
いや、そもそもは、次の妄言に反論してたんですけどね。
勝手に曲解しないでくれませんか?


>>59
>飛行機なんて人を乗せなきゃゴム動力で飛ぶんだよ

「軍艦や航空機を動かす石油が禁輸されたから南進せざるを得なかった」

この言葉に対して、「人が乗せられないゴム飛行機」なんか引き合いに出して何がやりたいの?
スレの荒らし?まともに議論する気無いでしょ?
「軍艦や航空機」と書いている以上、ここで言う「航空機」とは軍用機以外の代物である訳が無い。
ただの「遊覧飛行」じゃない事は明らかではないか。
なのに、なんで「人が乗せられないゴム飛行機」なんて話を持ち出してんの?
喧嘩売ってるでしょ?

235名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)16:07:50 ID:jym
>>233
このキチガイは、結局、何が問題になってるのかすら解ってないのだ。


>>59
>飛行機なんて人を乗せなきゃゴム動力で飛ぶんだよ

こんな馬鹿馬鹿しい発言をした事を棚上げして他人だけ非難してるのだから良いご身分だな。

体重60キロの人間一人が乗せられないのに、機銃や爆弾が搭載出来るのかよ?
無人飛行機でどうやって敵の飛行機や軍艦を攻撃するんだ、馬鹿?

この馬鹿は未だにこの程度の質問にすら答えない。

「ムスタングやB29を落とせる能力がゴム飛行機にあるのか?」

たったこれだけの問いからすら逃げ回っている卑怯者のキチガイなのだ。
キチガイの妄想を勝手に弄んでスレを荒らしているだけのキチガイなのである。

236名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)16:09:38 ID:jym
せっかく何度も次の妄言をご丁寧に引用されているにも関わらず、
何が問題になってるのかさっぱり解らない時点で頭がおかしいキチガイか、スレを荒らす以外に目的の無い奴かのどっちかである。

>>59
>飛行機なんて人を乗せなきゃゴム動力で飛ぶんだよ

237名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)19:50:00 ID:jL8
>>234-235
ではこのスレのテーマは戦争ではないという主張にあなたは「反論しない」ということですね
主張の訂正はなかったのでこれで確定しました

238名無しさん@おーぷん:2017/10/16(月)06:28:47 ID:Vq7
>>237
北進や南進、または「大日本帝国陸軍」とか「海軍」の言葉が、
「戦争を意味しない」と思えるキチガイなのか、お前はwww

239名無しさん@おーぷん:2017/10/17(火)02:12:03 ID:8ZF
抵抗する敵とかいなくても軍が存在するだけで戦争を意味するって主張でいいですか?

名前: mail:

【4:8】後北条氏時代の江戸
1名無しさん@おーぷん:2017/09/09(土)09:56:06 ID:Ds0
史料となるのは分限帳や寺社の記録その他



2名無しさん@おーぷん:2017/09/09(土)10:12:22 ID:Ds0
増上寺
http://www.zojoji.or.jp/info/
>その後、1470(文明2)年には勅願所に任ぜられるなど、
>増上寺は、関東における浄土宗教学の殿堂として宗門の発展に寄与してきました。

後北条氏時代のちょっと前だけどこの頃から増上寺は結構発展してたようだ

法恩寺
http://houonji-web.jp/houonji_toha.html
>開山は本住院日住上人、開基は太田道灌公であります。

>又、当山には秀吉、家康共に小憩され、朱印地も与えられました。

それなりの建物が後北条氏時代には既にあったようだ

3名無しさん@おーぷん:2017/09/09(土)10:19:07 ID:Ds0
飯倉郷
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%AF%E5%80%89_(%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%B8%AF%E5%8C%BA)#.E9.A3.AF.E5.80.89.E9.83.B7
>御馬廻衆大草左近大夫康盛 39貫780文 「飯倉之内前引」
>江戸衆島津孫四郎 38貫150文 「飯倉内桜田善福寺分」
>江戸衆飯倉弾正忠 11貫280文 「飯倉之内」
>江戸衆太田新六郎康資 14貫850文 「江戸飯倉内小早川」 寄子衆蒲田氏に配当

こんな感じで小田原衆所領役帳を見ていくと
後北条氏時代の江戸に
少なくともどれくらいの人がいたのかもある程度分かる

ちなみにこの貫高は兵数との整合性的に税収を表す

4名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)17:23:07 ID:gHH
小田原衆所領役帳によると
後北条氏時代に既に
江戸は江戸城や江戸前島の辺りだけじゃなく
広域になってるんだよな

ただ江戸時代の江戸と範囲が同じ所と違う所がある
そして後北条氏時代の方が江戸の範囲が広い感じ

5名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)17:26:29 ID:gHH
後北条氏時代の江戸の範囲は
豊島郡や荏原郡の広い範囲+新座郡の一部+多摩郡南東部の一部な感じ

後北条氏は街道と伝馬制の整備に熱心だったし
内陸に楽市を設けているけど
内陸の方を重点的に町の開発をしていたのかも

6名無しさん@おーぷん:2017/10/11(水)17:27:53 ID:gHH
あと江戸に限らず
中世の城下町は近世城下町と違って
城の近くの色々な所に町がある感じ

7名無しさん@おーぷん:2017/10/22(日)00:05:53 ID:0RN
江戸魚市場めぐり(2)-四日市-
http://blog.goo.ne.jp/kyrie999/e/24ffa4d27d5733ca3919d049f7dda8a3
>この辺りは幕府が開かれる前から四日市場村という村落があり、
>市が立ち、商いが行われていた場所。
>野菜や乾魚などを売っていたとか。

太田道灌時代の江戸城にいた人(万里集九)も
門前に市があるって言ってたし
後北条氏時代の江戸にも引き続き市があったのだろう

8名無しさん@おーぷん:2017/10/22(日)00:08:12 ID:0RN
後北条氏時代の江戸→
後北条氏時代の江戸城の前にも
訂正

市は江戸の他の場所にもあるな

名前: mail:

【5:222】【幕藩体制】江戸幕府その1【徳川氏】
※ID非表示スレ
1名無しさん:2014/04/04(金)13:04:59 ID:???
江戸幕府について語ろう



213名無しさん@おーぷん:2017/06/18(日)23:50:10 ID:???
いわゆる、300諸侯って、大杉じゃね?
一万石や二万石でも大名とか、財政持たんだろ。
零細諸侯には参勤交代の免除とかあったはず(と推察する)が、誰か詳しい人教えれ。

214名無しさん@おーぷん:2017/06/19(月)00:01:08 ID:???
超高速参勤交代って実在の藩だったのか、しらんかった

215名無しさん@おーぷん:2017/06/19(月)08:17:55 ID:???
>>213
江戸定府の大名は結構居た。
名目では35万石を公称していたが実質10万石と言われていた貧乏御三家の水戸藩もその一つ。
会津藩の祖、保科正之もずっと江戸に詰めており、引退間近の60代に一度だけ己の墓所を定めに会津に帰ったっきりであった。
他にも認知には代官だけ派遣して己は江戸住まいという大名は結構存在した。

216名無しさん@おーぷん:2017/06/19(月)12:55:49 ID:???
諸国漫遊どころか水戸街道すら使わないって面白いな

217名無しさん@おーぷん:2017/06/25(日)15:33:27 ID:???
ついでに、参勤交代は形骸化しており、
半ば意地や見栄の為に続けられていたような状態であった。
豪勢な行列を下々の者に見せびらかす事は、武家にとって一種のステータスであったのだ。
馬鹿馬鹿しいと笑うかも知れないが、現代人だって外車やブランド物で身を固め見せびらかす人間は跡を絶たない。
参勤交代もそれと同じであった。

カラクリに気がついた藩では、参勤交代に金を使わずに済むような方法をあの手この手で考えた訳である。
「蘭癖大名」佐賀の鍋島直正などは、参勤交代に賭けられるだけの金が無かったので、
「病気」を理由に江戸に行かなかった事すら有った。
(当然幕府の許可は得ているが)

逆に、領土の支配は家老たちに任せ、自分は江戸に住み続ける事によって参勤交代しないで済ませる大名も居た。

ウルトラCのような裏技を思いついた上杉鷹山などは、
さっさと若年の内に隠居してしまい、自由な身分となってから藩政改革に精を出すような事例も有った。
(上杉鷹山は養子であり、養子入りした先で実子が生まれてしまった為に早々に隠居する事を余儀無くされた面もあるが)

218名無しさん@おーぷん:2017/06/25(日)15:53:15 ID:???
倹約令は出しても参勤交代は廃止されなかったわけだから、それなりにうまく行っていた制度ではあるんだろうな

219名無しさん@おーぷん:2017/06/25(日)20:23:52 ID:???
参勤交代で江戸に出てくるメリットも当然有った。
江戸時代の大名たちの多くは江戸生まれ、江戸育ちである。
大名の妻子は人質として江戸に置く事を義務づけられていた。
従って仙台伊達家であろうが、薩摩島津家であろうが、地元よりも江戸の水や食べ物の方が体質に合ったのである。
幕末の名君の一人であった島津斉彬は、父親に疎まれてなかなか大名になれなかった。
その分江戸暮らしが長かったのであるが、
大名となって初めて薩摩に入った時、全く会話が成立せず難儀したそうな。
見る物聞く物珍しい物だらけで、薩摩を代表する剣術、自顕流の稽古を見た斉彬は、
「狂った猿の遠吠えのような音」
を聞いて面食らっている。

それはさておき、参勤交代などによって江戸に各地方の風習や文化が流れてくる事は、
技術交流や学問交流の面から歓迎すべき事であった。
それまで日本列島には、共通した日本人意識などという物は皆無に等しかったのだが、
江戸時代250年によって、やっと「日本人らしさ」という物が日本全国津々浦々にまで広まったのである。
参勤交代と、庶民はお伊勢参りの成果であった。

220名無しさん@おーぷん:2017/07/23(日)17:38:08 ID:???
参勤交代自体しなかった者も居た。
さすがに大々名ではそんな者は居なかったようだが、
一万石程度の陣屋大名や、万石未満の領地を持った旗本の中には参勤交代をしなかった者も存在した。
彼らはずっと領地に居たのだ。

参勤交代は「義務ではなく自発性」というのは本当の事であった。
各大名たちは、参勤交代で煌びやかな大名行列を見せつけて民衆の話題をかっさらう事を誇りに思っていたのだ

第一、嫌々やらされていたのであれば、
大藩にもなれば数千や万単位の手勢を率いていたのだから、
そっくりそのまま倒幕軍に編成し直して関東で暴れ回れば良いのではないか?
江戸城陥落は無理でも、関東地方の各城はいくつか落とせるはずだろう
この時代、ストレスが溜まった大名が突如発狂するなんて事も珍しくはなかったのだから

221名無しさん@おーぷん:2017/08/22(火)00:31:02 ID:???
>>215
御三家でも尾張・紀伊と水戸ではかなり差があるような?
特に尾張、肥沃な濃尾平野・木曾の山林など実質100万石ぐらいで水戸とは大違い。
居城の名古屋城も巨大だし。

222名無しさん@おーぷん:2017/08/22(火)02:25:55 ID:???
>>221
水戸藩の初代藩主、徳川頼房は、失言が原因で徳川家康に疎まれたと言う。
尾張藩の祖、義直と、紀州藩の祖、頼宣、そして頼房の三人が子供の頃、
江戸城天守で家康と語り合った事があった。
家康は三人に、もし江戸城天守から飛び降りる代わりに何でも与えられるとしたら何が欲しいか三人に訊ねた。
頼房は「天下が欲しい」と答えた。
「地面に激突して死ぬまでの間であっても一度は天下を取ったという評価が残れば歴史に永遠に名前が残るから」
という理由であった。
家康は、頼房は野心家であると思い、以後大領土を与えなかったと言う。

これとは別の逸話として、家康がわざわざ頼房に言い含めて納得させた上で、
水戸藩だけは、何があっても幕府ではなく朝廷に仕えよと命じたという話がある。
将来、幕府と朝廷が争い、幕府が滅ぼされたとしても、水戸藩だけでも朝廷に忠勤を励んでいれば、最低でも徳川の家名は残る。
徳川家の菩提を弔う存在は残るからである。

名前: mail:

【6:40】官位について語るスレ
1名無しさん:2014/04/13(日)16:48:12 ID:j8hLhxj1J
252 名前:日本@名無史さん[sage] 投稿日:2013/04/09(火) 21:27:04.01
江戸期に京都の庶民(といっても豪商)が天皇家に寄付をした見返りに貰えた位はどれぐらいまでなんですか?

253 名前:日本@名無史さん[sage] 投稿日:2013/04/10(水) 04:40:11.31
七位。その外の手としては摂家・清華あたりの諸大夫は無理としても侍として
仕官の形をとり六位をもらうとか。

254 名前:日本@名無史さん[sage] 投稿日:2013/04/10(水) 09:41:43.79
地下家伝を見ると、省寮の史生で従六位下に進んだ例はいくつかあったから、
豪商の例も中には有ったかも。
それと史生は金を出してなるばかりではなく、
食い詰めた人が縁を頼ってさせてもらうこともあったらしい。



31名無しさん@おーぷん:2015/04/05(日)07:42:14 ID:ubr
>>5

>鎮守府将軍任官者には幕府を開く資格があったらしい。

「らしい」というのが微妙

32名無しさん@おーぷん:2015/04/05(日)07:42:41 ID:ubr
連続かきこであがるはずだ

33名無しさん@おーぷん:2015/09/02(水)22:51:13 ID:vNm
>>6
>>10
親王任国と言って、財政が厳しい天皇家のために親王しか「守」になれない国のことだ
あと、親王任国は 上野・上総・常陸 の3国だよ
下総は親王任国ではない
源義朝(頼朝の父)は保元の乱以前に下総守になっている

34名無しさん@おーぷん:2015/09/02(水)22:54:02 ID:vNm
存命中に正一位に叙せられた最後の人物は三条実美
故人で正一位に叙せられた最後の人物は織田信長

35名無しさん@おーぷん:2015/09/02(水)23:07:25 ID:vNm
>>5
時代が下るに従って、秋田城介 → 鎮守府将軍という出世ルートが出来たみたい

36名無しさん@おーぷん:2015/09/02(水)23:14:07 ID:vNm
>>5
>>31
幕府開けるのは右大将からじゃなかったっけ?

37名無しさん@おーぷん:2016/06/12(日)07:11:13 ID:W6X
役職の歴代の記録ってどのくらい残ってるのかな?
wikipediaで平安時代の生年不詳の人物の履歴みたら○○守って載ってたから、
いつ頃だろうかと思って○○守の所を見てもないからアレ?と思ったらそもそも前後一世紀位抜けてたんだけど、これは記録がないのかやたら変わってるので記載端折ったのかどっちなんだろ?

38名無しさん@おーぷん:2017/08/15(火)09:25:46 ID:HYF
>>16
太平記の記述で「久我畷の戦い」において北条(名越)尾張守高家という大将が討ち取られている。
名門名越流北条氏の若い大将で慢心があったのかもしれない。そして鎌倉幕府は「終わり」に向かっていった。
こんなことがあったのも「尾張守」が避けられた一因かも?

40名無しさん@おーぷん:2017/08/20(日)04:06:08 ID:GCc
>>25
藤原も天皇の御落胤という説がある。
藤原不比等と中臣鎌足との間には血縁が無いという話がある。
実際、藤原不比等は親の七光りで出世したのではなく、下級官僚から自分の実力で成り上がり、そして日本を支配するまで登り詰めた。
「なぜ中臣鎌足の実子が下級官僚スタートなのか?」
「なぜ下級官僚スタートの不比等がとんとん拍子に出世していったのか?」
「なぜ藤原の姓は中臣鎌足の子孫全員に与えられたはずなのに、不比等直系以外は中臣氏に戻されたのか?」
色々疑惑がある。

39名無しさん@おーぷん:2017/08/20(日)04:06:08 ID:GCc
>>25
藤原も天皇の御落胤という説がある。
藤原不比等と中臣鎌足との間には血縁が無いという話がある。
実際、藤原不比等は親の七光りで出世したのではなく、下級官僚から自分の実力で成り上がり、そして日本を支配するまで登り詰めた。
「なぜ中臣鎌足の実子が下級官僚スタートなのか?」
「なぜ下級官僚スタートの不比等がとんとん拍子に出世していったのか?」
「なぜ藤原の姓は中臣鎌足の子孫全員に与えられたはずなのに、不比等直系以外は中臣氏に戻されたのか?」
色々疑惑がある。

名前: mail:

【7:376】日本史雑談スレ
※ID非表示スレ
1名無しさん@おーぷん:2014/05/07(水)20:45:35 ID:???
雑談しよう
日本史に関することならなんでもOK



367名無しさん@おーぷん:2017/08/05(土)07:49:54 ID:???
>>366
君馬鹿すぎるから来なくていいよ
鏡で「船が燃やせた」はずでしょ?
>>356は誰が書いた?
単に温度が上がるだけなんて書いてないのに、何を詭弁使ってるの?

ほかにも「巨人軍は軍隊」とか言い出す頭の悪い人は歴史を語る以前の知能レベルなので人生やり直せば?

368名無しさん@おーぷん:2017/08/05(土)10:37:27 ID:???
>>367
つまり、鏡の重ねあわせでは発火温度には到達できないという主張でいいの?

369名無しさん@おーぷん:2017/08/13(日)00:09:13 ID:???
>>368
重ね合わせなんてどこに書いてあるんだ、キチガイ?
お前のは単なる「光の反射」だろw

370名無しさん@おーぷん:2017/08/13(日)00:10:28 ID:???
ルーペのような物で太陽光を集束せずとも、
単に鏡で太陽光を反射するだけで、

【船が燃え出す】

とか書いたのがこの馬鹿キチガイ。

歴史を語るより前に、小学校から勉強やり直せ。

371名無しさん@おーぷん:2017/08/13(日)00:11:57 ID:???
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊
>巨人軍は軍隊

372名無しさん@おーぷん:2017/08/13(日)05:54:35 ID:???
>>369-371
つまり太陽「熱」発電のように と小学生でもその原理が想像できるように書かれた意味がまるで理解できずに
>「ルーペで太陽光を集束しなければ炎はつかない」
と暴れてる子が居るわけだね。

太陽光発電しか知らないのであれば、それこそ小学校の社会科から勉強やり直せというブーメランなので、
まさにお前が言うな鏡をよく見てみろ、つまり「様を見ろ」という話になってしまうのである。

373名無しさん@おーぷん:2017/08/13(日)14:22:00 ID:???
四の五のほざく前に、鏡で船を燃やしてみせてみろw

374名無しさん@おーぷん:2017/08/13(日)14:24:09 ID:???
鏡以外一切の資材無しで船が燃やせるんだろ?
ん?w
鏡にそんな超パワーが在るのなら大砲とか何の為に発明されたんだかw
キチガイは次から次と詭弁を垂れ流すw

ついでに【巨人軍は軍隊】とかいうキチガイじみたい強弁については何か言う事無いのかなw

375名無しさん@おーぷん:2017/08/13(日)16:03:43 ID:???
パワーは太陽の核エネルギーだから天岩戸に閉じこもってしまえば巨人軍もお手上げだね

376名無しさん@おーぷん:2017/08/20(日)03:58:40 ID:???
とうとう気が狂い始めたか…

名前: mail:

【8:11】【源氏】鎌倉幕府part1【北条氏】
※ID非表示スレ
1名無しさん:2014/03/31(月)16:15:10 ID:???
鎌倉幕府について語ろう



2名無しさん:2014/03/31(月)16:53:42 ID:???
1192

3名無しさん:2014/04/01(火)18:51:17 ID:???
頼朝が範頼や義経を粛清しなかったら
源氏の天下はもっと続いただろうか。

4名無しさん:2014/04/02(水)13:29:56 ID:???
秀吉と同じように結局、頼朝って地盤がなかったよね。ただの旗印だったんだよ。

5名無しさん:2014/04/02(水)23:37:05 ID:???
摂家将軍親王将軍

6名無しさん:2014/04/03(木)10:34:24 ID:???
>>3
頼朝の性格じゃいずれ二人とも粛清されてたんじゃないかなぁ?

そうでなくとも北条時政、義時が殺ってたと思う

7名無しさん:2014/04/04(金)10:54:36 ID:???
源氏八領の五月人形コンプしたいわ。

8名無しさん:2014/04/23(水)18:50:38 ID:???
頼朝は氏長者になっていないんだっけ?
武家源氏で氏長者は足利義満から?

9名無しさん@おーぷん:2014/05/20(火)15:10:20 ID:???
三浦氏にすごく興味ある
特に義村の息子世代が

10名無しさん@おーぷん:2017/08/15(火)09:38:02 ID:???
北条時宗・貞時の2代に仕えた平頼綱って悪人ですか?

平頼綱(たいらの・よりつな)。官位、左衛門尉。
内管領(執事)、侍所頭人になり執権を凌ぐほどの権勢を振るったという。
また当時、法華宗(日蓮とその信徒)を弾圧したので創価学会や日蓮宗などでは大悪人になっている。

11名無しさん@おーぷん:2017/08/20(日)03:57:14 ID:???
結果論から見れば、日蓮は誇大妄想のキチガイでしかなかったので、
迫害者の側こそが正しかったと思われる

名前: mail:

【9:16】継体天皇について執拗に語ろう
1名無しさん:2014/04/11(金)17:46:38 ID:5FJWVXO3V
「今城塚古墳いってきた。
地震で墳丘ぐしゃぐしゃだね。」



7名無しさん@おーぷん:2015/09/25(金)17:12:21 ID:iC9
>>6
テキトーも何も、記紀にそう書かれてるよね

8名無しさん@おーぷん:2015/12/17(木)00:37:15 ID:qN0
記紀って正直だよなー
始まって数百年の王朝だから、万世一系なんて概念もなかったんだろうな。

9名無しさん@おーぷん:2016/02/06(土)12:25:45 ID:dxo
万世一系を守ろうとしたから遠縁の人を連れてきたんやで
どうでもよけりゃ遠縁じゃなくて赤の他人でもよかった

10名無しさん@おーぷん:2017/04/14(金)09:51:51 ID:F3K
>>9
遠縁の人が継いでる時点で「一系」ではないのだが。
皇室の歴史は系よりも「血」。
しかも男女を問わない。

今みたいな「男系!」「男子!」「女性天皇排除!」「側室制度無し!」なんて狭っ苦しい規定なんて、明治時代以降だけの話。

11名無しさん@おーぷん:2017/06/30(金)19:27:10 ID:aWe
>>10
おまえは一系の意味をわかってない

12名無しさん@おーぷん:2017/07/01(土)17:22:35 ID:0jj
律令の上では慶雲三年二月庚寅以前は皇統が短かったりするのだろうか?

13名無しさん@おーぷん:2017/07/19(水)10:59:58 ID:Vo4
若沼毛二俣皇子の妹が允恭天皇の皇后になって雄略天皇を産んでるし
大郎子の母は祖母の妹で息長系
いうほど遠縁でもない

14名無しさん@おーぷん:2017/07/23(日)09:36:11 ID:VoU
>>11
お前こそ何も判っていない。
そもそも「一系」なんて単語が使われたのは明治時代以降。
それ以前は「万葉一統」と言っていた。
これならば別に「一系」に拘る必要が無い。
実際、日本史の明治時代以降百年を除けば、日本人の大多数は、天皇を「一系」であるかどうかで判断などしていない。
南朝正統論の太鼓叩きを行った「神皇正統記」の著者北畠親房ですら、
「一系」だから尊いなどとは一言も述べていない。
お前がまるっきり無知なのが明らかだ。

大化の改新前の、天皇が大王と呼ばれ、未だ豪族に担ぎ上げられているような状況を指して、
「一系だから~」とか馬鹿馬鹿しいにも程があるw

15名無しさん@おーぷん:2017/07/23(日)09:38:38 ID:VoU
>>13
それは、男系男子・万世一系信者が忌み嫌う、
「女系によって」繋がりが保ててた証明なのですが……
女系の価値なんぞ一切認めない男系男子主義者がそんな話を持ち出すなんぞ、恥知らずも良い所ですよ!

16名無しさん@おーぷん:2017/07/23(日)09:53:40 ID:VoU
一系かどうかを重視するって発想も、
明治時代以降の男尊女卑主義者によって産み出された妄想。
日本の古来からの伝統などでは無い。

聖徳太子や大化の改新前の「大王」とは、非常に広い範囲に対して「同族意識」を持っていた。
皇室から分家した蘇我氏なども「同族」認識であったし、
男系というイデオロギーに囚われていては大王と血縁関係が無いように見える大伴氏や物部氏ですら、
「同族」と認識し「一統」意識を抱いていた。

もっと言えば、統治されるはずの民に対してでさえ「同族」意識を持っていた。
その証拠が、民の詠む歌すらも収録されている「万葉集」であり、
「日本は天皇を家長とする、緩やかな家族国家」と思わせる家族国家論であった。
無論、家族国家論自体は明治時代によって普及された代物であったが、
元々、皇室の伝統儀式や、民を我が事のように大事に想うなどという発想に、既に家族国家論の萌芽が見えている。

仁徳天皇は、山登りした時に、山頂で民の竈から煙が上がってないのを見て、
「民は炊けるだけの米も無いのに違いない」
と判断、以降三年間に渡って年貢の徴収や、労働義務などを免除した。
お陰で仁徳天皇の皇居は雨漏りがする程痛んだが、民の暮らしは非常に豊かになったという事が書いてある。
自らの宮殿や財産を粗末にしてまでも民を重視するなど、世界中の王室に見られない行動であろう。
仁徳天皇の逸話が書かれ、また民たちの歌が掲載された万葉集が成立した8世紀時点で、
既に日本には「家族国家論」「万葉一統」の萌芽が在ったのだ。

名前: mail:

【10:36】朝鮮併合は必要だったか否か?
※ID非表示スレ
1名無しさん@おーぷん:2014/07/06(日)22:14:20 ID:???
まず前提条件。

・日露戦争の結果と朝鮮併合には直接的に何の関係も無い

・当時の日本人は併合賛成論ばかりではなく、反対する勢力もかなり存在した
(伊藤博文、曾禰荒助、陸奥宗光、竹越與三郎等々……)

・朝鮮併合は日本の国益に何一つ役立っていない

・それどころか、在日朝鮮人問題やらその朝鮮人の選挙権問題やらに結びついている、日本の諸問題の原点である

・日本国は日本国民のために存在する

・日本国民の犠牲を強いる形で外国人に奉仕するのはただの国賊か売国奴である



27名無しさん@おーぷん:2014/11/05(水)01:19:58 ID:???
百済と新羅に割譲したり侵略されたりして喪失していた任那だけ買い戻して、あとは放置でよかった。
自国領だった北樺太と勘察加が日露戦争後もロシア領のままなんだから。
併合で丸抱えなんかしなければ、東北や北海道のインフラ整備が出来たし、ソ連が北樺太売却を持ちかけてくれた時、算盤勘定抜きで買い戻せた。
中華民国が満州売却を打診したときも現金を用意出来たんじゃないの。

28名無しさん@おーぷん:2014/11/05(水)03:28:19 ID:???
満州に関東州と満鉄付属地を持っている以上、
安全保障のために朝鮮なんか不要だった。
関東州と満鉄付属地の軍事力を徹底的に高めておけばシナもロシアも手出しできなかっただろう。
もしロシアが性懲りもなく朝鮮から日本侵略を狙ったとしても、関東州からウラジオストクを陥落させられただろう。
ロシアの軍事力は、ソ連が五カ年計画を成功させるまでの間、大幅に後退したのだから、朝鮮半島なんか「安全保障のため」などに必要なかったのだ。

日本がそれでも併合したのは、日本の「国防」とか「安全保障」とは何の関係もない。
朝鮮人に代わって近代化を「代行」してやろうという理屈でしかなかった。

なんで日本人の税金を使って朝鮮を近代化してやれば日本の国益になるというのか、
ぜひ説明してもらいたいものだ。

29名無しさん@おーぷん:2014/11/21(金)08:45:29 ID:???
あっちこっちに書き込んで世論を盛り上げるべき

・外国人参政権反対
・外国人労働者受け入れ反対
・生活保護の受給資格は日本国籍を持つものに限定すべき
・公務員の資格は日本国籍を持つものに限定すべき。

30名無しさん@おーぷん:2014/12/24(水)20:37:00 ID:???
たった今読んでいた本に、面白い逸話があったので紹介しておく。
山口重次 著『悲劇の将軍 石原莞爾』(世界社)
昭和27年=西暦1952年のサンフランシスコ講和条約が発行されるちょっと手前くらいに出版された本である。
これを読む限り、朝鮮人には「勤労の美徳」とか「労働観念」が全く存在しなかったと言わざるを得ない。
いかに現代韓国人が嘘つきか、
「朝鮮の民族資本がすくすく育っていたのに日本にぶち壊された」
とかいう妄言が、ただの妄想に過ぎないか一発でわかる。

ちなみに、この引用文の頃は、石原莞爾が朝鮮に赴任していた頃なので、明治45年から約2年間=1912年~1914年の間である。
要するに日本の併合から2~4年後。

以下引用。
(原文は旧かな、旧漢字だが面倒なので新かな、現代漢字)


 日本人の住むところでは、町村でも部落でも、額に汗してあくせくと労働していたが、朝鮮人自身は、そうではない。
純白の衣物をぞろりと着流し、オンドルの中で、長い煙管をくゆらしつつ、悠々とくらしていた。
物価はごく安く、そのころ一日五銭もあれば一家五人くらいは楽々くらしてゆけたが、それでいてしょっちゅう貧しかった。
守備隊で、使役をつのると、あらそって押しかけてくるが、二三日たつと、パッタリ来なくなる。
『どうして、休んだか』
『なあに、たべる銭があるうちは働かなくてもいいよ』
『でも、働けるときに働けば、お前たちのためになるではないか』
『それは日本人のことだ。私たちから見ると、日本人は、たべられるくせに、どうして毎日働くのか、その気持がわからぬ』
と、言った。
 李朝三百年の政治は、勤労精神や、蓄財の希望を奪い取って、卑屈な民族気質をつくりあげた。

31名無しさん:2015/01/29(木)18:35:35 ID:???
李朝時代の朝鮮人が怠け者だったのは事実だが「じゃあ、働き者になればいいのか」と言えばそれは違う。
少しでも蓄えが出来ると役人や両班が、カネを「借りに」やってくる。
もし断れば、でっち上げの罪で投獄され「罪を認めるまで」拷問だ。
もちろんお約束のようにカネは、返さない。
「一生懸命働いてカネを蓄える」など、しないほうがいいのだ。

32名無しさん:2015/02/02(月)22:23:47 ID:???
今や韓国は、外国人投資家(特にアメリカ)に支配されている。

第一身分→外国人投資家

第二身分→大企業の経営者(外国人株主に逆らえない)

第三身分→一般韓国人(急激に生活レベルが下がった)

日本も他人事ではない、大企業での外国人株主の比率は、確実に大きくなっている。

33名無しさん@おーぷん:2017/04/24(月)12:21:00 ID:???
日本の朝鮮統治が善政だった事と、日本の国益がどうこうってのは全然違うよな…
似て非なる物ですらない。全くと言って良いほど似ていない。
外国人の為に尽くせば日本人が苦しむ。それ当たり前。

34名無しさん@おーぷん:2017/05/03(水)22:33:17 ID:???
歴史にたられば言っても生姜無いが
結果論からしたら露西亜の南下を防げた点では有用だったと思う

日本が統治してなかったらたぶん今頃ロシア領だろうし

35名無しさん@おーぷん:2017/05/05(金)19:11:26 ID:???
>>34
日露戦争で既にロシアの脅威は追い払ってるじゃん。
あとは日英同盟を堅持しつつ、大英帝国の権威を根拠に朝鮮半島を永世中立国として世界中に認知させておけば良いだけの話だよ。

なお、ロシアの極東軍事力が回復したのは、第二次五カ年計画が成功した後だから、1930年代の後半だよ?
(事実、満州事変の頃は極東軍事力は皆無に等しく、さっさと無抵抗で満州全土から撤退している)
日露戦争とスターリンの軍部粛清のお陰で、極東ロシア軍は30年は使い物にならなかったんだよね。

もしもその間、朝鮮半島に無駄に投下していた資金をフル活用して満鉄付属地の要塞化や、
日本列島全土の近代化を推し進めておけば、
そうそう簡単にロシアの南下なんて起こるはずがないのであって。

36名無しさん@おーぷん:2017/05/06(土)14:54:46 ID:???
>>27
それは秀吉の時にやっておけばよかったんじゃないの?
散々攻め立てて足利政権と同じ肩書き貰っただけという結果であれば
その出兵費用で買収すれば倭の五王以上のものを寄越してきたんじゃないだろうか?

名前: mail:


新規スレッド作成
タイトル:
名前: mail:

スレッドをもっと見る(11~)
おーぷん2ちゃんねるの投稿は著作権を放棄しパブリックドメインとして公開しています。
まとめブログやウェブサイト上で自由に転載・創作を行えます。

おーぷん2ちゃんねるに関してのお問い合わせは こちらまで
2017 satoru.net